お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

誕生日に母を語る2022

3年前にも書いていた。

「誕生日に母を語る」記事を書くのが、お母さん大学の宿題であることを知らないまま書いていた。

誕生日に母の気持ちを想う

お母さん大学6年生となった今年、
あらためて語ってみる。

今日は私の誕生日だ。
朝から、LINEやらFacebookメッセンジャーやらコメントやらで、続々とお祝いの言葉をいただいた。
本当にありがたい1日。

そんな中、実家の母からメールが来た。

反省はしても後悔しない人生を歩んでください。

⋯刺さる。朝から心にずしっと刺さる。

母はどんな思いでこの言葉を私に送ったのだろうか。

結婚してから、相当苦労してきた母。
なんで離婚しないんだろう、と思ったことも一度や二度ではない。
時代的になかなかそれが許されなかったのかもしれないけれど、
私と妹が独立して、夫婦ふたりの生活になり、
それなりに仲良く暮らしているところを見ると、
まあ、離婚しなくてよかったのかな、とも思う。

いろいろ思うところがあっての、メールの言葉なのか、
意外になんにも考えてなくてさらっと送っただけなのか、
それは母にしかわからないが、
少なくとも私には朝から刺さりまくった。

40代も半ばを過ぎると、最近は本当に疲れが取れなくて、
めまいや頭痛もたまに起きるようになり、
そいえば母もよく「頭が痛い」と言って寝ていたなあと昔を思い出した。
それを先日ビデオ電話で伝えたら、
「あはは、ともちゃんもわかるようになったか」
と笑われた。

体調が悪い中での家事育児、
頼むから寝かせてくれ、という気持ち、
お母さん、やっとわかったよ。
お母さんもそんな思いをしながら私と妹を育ててくれたんだね。

もうひとつ思い出したこと。

私と妹がまだ幼稚園児か小学校低学年かくらいの頃、
母は時々キレて家出(もどき)をしていた。
たぶん私たちがギャーギャーうるさくて、言う事聞かなくて、母もストレスが溜まっていたんだろう、
「もう知らん!お母さんは出ていく!」
そう叫んで、妹が大切にしている『こえだちゃんのおうち』を床に叩きつけて、パジャマ姿で家を出ていった。
父はすでに帰宅していたので、子どもだけ置いて出ていったわけではないが、
お母さんが出ていったことがショックで大泣きする私たち。
そして数十分ほどして、帰ってくる母。
「ほんとに家出しようと思って駅で地下鉄待っとったわ」と言うけど、
今ならわかる、パジャマ姿でそんなことできるわけない(笑)
きっと近所をぶらぶら歩いてたんだろう。

あんまり怒っていたイメージがなかったのだが、
(怒るのはもっぱら父の方)
そいえばキレてる時もあったな、と、先日ふとそんなエピソードを思い出した。

母も、キレながら、ストレス溜めながら、私たちを育ててたんだ。

体調悪くても、ストレス溜まっても、
それでも、お母さんは「お母さん」をしてくれていた。

遊んでもらった覚えはほとんどない。
ただ、衣食住は整えてもらっていた。
当たり前のように家はきれいに片付いていて、
当たり前のように服はきれいに洗濯されて畳まれていて、
当たり前のように毎日ご飯が出てきた。
それがどれだけありがたいことか、
いま自分が毎日家事育児する立場になって、よくわかる。

そして私は今日、1つ歳を重ねることができた。

こうして私が生きていられるのは、両親が育ててくれたおかげ。
対外的に立派なことや大きなことをしてきた親ではないけれど、
私と妹を育て上げた、それが何よりも立派なことで大きなこと。
そう思えるようになれたのは、
私が「普通のお母さんこそスゴい」ということを心から理解できるようになったからかもしれない。

今日は、夫がケーキを買ってきてくれて、
子どもたちがハッピーバースデーを歌ってくれた。
こんな素敵な夫と結婚出来て、こんな可愛い子どもたちに恵まれて、
それは、そんな家族を築くことができるような人間に私を育ててくれた両親のおかげであり、
「母というのは、妻というのは、家庭の太陽である」
と教えてくれた母のおかげだと、あらためて感謝の気持ちが湧いてくる。

母に対して反発心を持っていた頃もあった。
でも、私も母歴10年を過ぎ、
母の気持ちが少しずつわかるようになってからは、その気持ちもだんだん薄れていった。

母が命懸けで生み出してくれたこの命を、
これからも大切に、
そして、反省はしても後悔しない生き方をしていこうと思う。

6件のコメント

泣けるーーーやばいやばい。
本当今の私達が愛する我が子に出会えて“お母さん”やってられるのは、生み育ててくれた母があってこそ。
天野さんのお母さんのメッセージが私にも刺さります!!
私も先月、誕生日月だったのに、この宿題スルーしてしまった。まだ一回も書いてない。
なんか想いが大きすぎてうまく書けないと嫌でかけていない。
でも何度も何度も繰り返し同じ宿題に向かうっていいね。
その時の気持ちが蘇って感謝の気持ちでいっぱいになるね。
私も来年こそはチャレンジしようと思った。(いや、今から書けよと誰かにツッコまれそうだけど)
あ!!天野さんお誕生日おめでとうございます♡

来年はぜひ書いて!
想いが溢れるからこそ、小出しにせねば。
私はやっと最近、母への感謝の気持ちが湧いてくるようになったよ。
(お母さんほんとごめん)
でもこれも、お母さん大学で自分の育児を俯瞰して見ることができるようになって、
それと同時に、自分がされてきた育児をも俯瞰して見られるようになったからかなあって思う。

毎年書くの、いいと思う!
私も来年も書こう♪

天野さんの誕生日の投稿、3年前のも両方とも、すごく共感していて、読んでよかった!

といのも、
うちは、大人の誕生日は基本スルー。
祝ってもらうことに違和感を感じる反面、
寂しさみたいのも感じてみたり。

祝ってもらうことの「違和感」は、
今ある自分は誰のおかげなんだ?という問いが、
自分の中に根付いているからなんだと
深堀りできました。

投稿ありがとう。

誕生日の過ごし方について、
実はこの数年、もやもやしていたのだけれど
書くことで、解消、自分へのプレゼントができそうですね。
お母さん大学には、素敵な宿題があるんですね。

自分が親になって、
「自分が今あるのは誰のおかげなのか」
を実感できるようになったからこその違和感、なんだろうね。
祝うべきは自分ではなく親に対してではないのか?と。

確かに、産んでくれてありがとう、育ててくれてありがとう、だよね。
なので私も、母からのメールの返信には「産んでくれてありがとう」「お母さんもおめでとう」って書いてる。

けど、この西村さんのコメント読んであらためて考えてたんだけど、
親の立場から見たら、
我が子が周りの人から「おめでとう」って言われているのを見るのって、ものすごく幸せなことだよなあ、って思った。
今年の長男の誕生日、長男はクラスメートから「おめでとう」って言われたらしいんだけど、
それ聞いて、私はものすごくうれしかった。

そう思ったら、素直に祝ってもらってもいいのかな、って思ったよ。

天野さん、お誕生日おめでとうございます。
お母さんのメッセージ、3年前と今回のとでは、視点が全然違いますね。
お母さんからみた娘へのものと今回のは、母として対等な立場でのメッセージのような。それとも、何か天野さんのやりたいことを後押ししてくれている?

兎にも角にも、天野さん、無理しない程度に、後悔のない素敵な1年になりますように!
体は年々思い通りにいかなくなりますが、お互い休み休み、エンジョイしていきましょう。

田端さんありがとうございます。
ほんと、3年前とは視点が違う。
母の真意はいかに?
たぶん、私があれこれやってることはそんなに知らない(岡崎で新聞配ってることくらいは知ってるけど)ので、後押しというよりは、また別の意味が込められてるのかもしれないです。

ほんと、やりたいことはたくさんあるのに、身体が言うこと聞かないジレンマを日々感じてます(泣)
更年期に片足突っ込んでの、まだ幼い子の育児は、まあまあしんどい⋯

無理せず、が一番ですね!
子どもたちを頼りながらぼちぼちやっていきます!

コメントを残す

ABOUT US
天野智子
MJプロ/みそまるマスター/お母さん大学岡崎 代表/ 小学5年生と幼稚園年中の男の子2人の母です。 名古屋市出身、愛知県岡崎市在住。 旧家の農家の跡継ぎ長男の妻として敷地内同居中。 日々試行錯誤しながら、育児に奮闘しています。 育児は難しい!でも幸せ。 その間を行ったりきたり・・・な毎日です。