お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

特集 お母さんを笑顔にするためにできること お母さん大学 無痛MRI乳がん検診「ドゥイブス・サーチ」

今や2人に1人はかかるといわれるがんは、症状が多様で致死率が高い。しかし女性に一番多い乳がんは、早期発見、治療によって治る病気である。東海大学の高原太郎教授は、その早期発見に直結する画期的ながん診断「DWIBS(ドゥイブス)法」を開発し、その普及に努めている。一方で草の根的なピンクリボン活動を続けているのが、お母さん大学「母フラ」チームである。「母娘検診」をすすめると同時に、自治体にも提案していきたい。

東海大学工学部医工学科教授医学博士 
高原太郎さん
1961年東京都生まれ。秋田大学医学部卒業。聖マリアンナ医科大学放射線科勤務、東海大学医学部基盤診療学系画像診断学講師、オランダ・ユトレヒト大学病院放射線科客員准教授などを経て2010年、東海大学工学部医工学科教授に就任。MRIを活用した新たながん診断法ドゥイブス・サーチを開発。https://www.dwibs-search.com/

 

 

 

子どもたちを悲しませないために
女性にやさしい、新たながん診断法を開発

失恋を機に医師を目指す
浪人中に失恋をし、食事も喉を通らないほど落ち込みました。心配した親は私を近所の病院へ。私は初めて親にも言えないような話をしたのですが、1時間も聞いてくれた医師は、最後に眠れる薬と食欲が出る薬をくれました。

待合室に大勢の患者さんを待たせてまで話を聞いてくれた医師のおかげですっきり。そこから勉強に励むと、みるみる偏差値が上がり、どこの大学へも行けるほどになりました。将来を決めるときには、あの医師を思い出し、医学部に行くことにしたのです。

乳がん検診を始めた頃
小児科医になりましたが、もともとは理工系で、実は研究がしたかった。子どもを診る中で、乳がんを患っているお母さんにも出会い、とても大変な状況を知りました。

そんな折、日本にMRIが初導入されると聞いて、いてもたってもいられなくなりました。通常、医師は診断業務のみをしますがお願いをして、技師さんに混じり撮影できる環境に置いていただきました。そこでは検査に没頭。その後オランダに渡り、MRIの研究開発者として多くの経験を積むことができました。

気がつけば、撮影、診断、開発もするという、日本ではちょっと珍しい人間になっていたのです。そこで、「乳がん」に関する論文を書きました。

父を救えなかった無念から
2012年に母が亡くなりまして、そのとき父から、体調が悪いことを聞きました。

すぐにドゥイブスで検査したところ全身にがんが見つかり、ステージ4という深刻な状況でした。2年前でも自分なら発見できたはずなのに、なぜ救えなかったか…という思いに潰されそうでした。父は1年後に亡くなりました。

ドゥイブス・サーチはPET検査より分解能が良いので、鮮明な画像が得られます。被曝をしないため何回撮影してもいいのです。

が、浜松にあるすずかけセントラル病院です。技師長の高橋真さんも私と同じ、父親にがんが見つかり、さらにドゥイブスで検査したところ、全身の骨に転移が見つかったのです。

医師として、より社会に貢献できることを、と心に決めた出来事でした。

私には時間がありません
静岡がんセンターの植松孝悦医師は、「マンモグラフィーに乳がん死亡率を低下させるエビデンスはない」という衝撃的な論文を発表しました。

罹患率が増えているので、死亡率が増加することに議論はありますが、事実として、乳がん患者の2人に1人は最初の検査で見つかりません。

見つかった人はショックですが、治療ができます。見つからなかった人は「異常なし」と言われますが、その後自ら胸にしこりを感じるなどして「おかしいな」と病院に行って発覚する…。当然時間がかかってしまいます。

日本人に多い高濃度乳房の場合、マンモグラフィー検査ではわかりません。でも明らかに、一般の人が見てもドゥイブス法の画像ではわかります。過剰診断や偽陽性より、過少診断が最大の不利益です。初期に発見できれば、もっと救える命があるのです。

新しいことを始めるには、本来エビデンスが必要です。多施設での比較研究をすることも重要だと思います。しかしながら、それには4年を費やすことになるでしょう。年齢からして私に残された時間はあと10年。一人でも多くの笑顔を守るために、私は走っています。

死亡率を低下させるには、受診率を上げることが必要です。痛くない、見られない検査が一般的になれば、受診率を増やすことにつながり、死亡率が下がる可能性があるのです。

また、少しずつ自治体の理解も進み、帯広と新潟では、検診に補助がついています。

若手の育成に心を燃やして
息子は3人とも成人していますが、残念ながら、医師は一人もおりません。

目下の夢は、自宅にMRIセンターをつくることです。若い医師や技師たちに私の技術を伝えていかなければなりません。さまざまなプランが浮かびますがとにかく今は伝えることが先決と、心を燃やしています。(取材・植地宏美)


無痛MRI乳がん検診「ドゥイブス・サーチ」

造影剤注射は不必要なため、身体に痛みも負担も一切ない、最新の全身がん検査方法(ドゥイブス法)として、2004 年に日本人医師の高原太郎(東海大学、医学博士、放射線科専門医)により英文発表、2017年に乳がん検診が実用化した。

検査時間を短くし、造影剤を使わず、服を着たまま検査できるようにと改良を重ねてきた画期的な方法だ。何より放射線被曝がない。

デメリットとしては、強い磁場を使うため、心臓ペースメーカーが入っている場合は使えない可能性がある。また大きなタトゥーがあると、皮膚が火傷をすることも。
機械の中に入るので、閉所恐怖症の人は難しい場合がある。昔からあるFM 波のように弱い電磁波なので、スマホに比べたら体への影響が少ないことがわかる。


日本の乳がん検診の現状

女性が一番かかる可能性があるのが乳がんで、罹患する確率は11.2%、9人に1人である。厚生労働省の報告によると、乳がんは特徴的な罹患率の曲線を示し、30代前半から急増、45-49歳で最初のピークを迎える。この年齢は、働き盛り、人生の楽しみ盛り、どっぷりと子育てをしている時期と重なる。乳がんは無症状のうちに検診をすれば早期発見につながり、適切な治療法が受けられる。しかし日本では、乳がん検診の対象者を40歳以上としており、問診、乳房X線検査(マンモグラフィ)が基本になっている。推奨はされないが、視触診の併用も可能。マンモグラフィによるがん発見は、およそ1000人に3人とされている。


大阪でドゥイブスを先駆けて取り入れた
都島放射線科クリニック

大阪市都島区都島本通1-16-22
直通メディカルコール 06-6923-3501
http://www.osaka-igrt.or.jp/

 

放射線治療とIVRの融合により難治性の再発がん治療に取り組む当院では、2019年から、無痛MRI乳がん検診(以下ドゥイブス)を開始しました。

がんの3大治療(手術・抗がん剤投与・放射線治療)の一つである放射線治療をするためMRIを設置していましたが、高原先生のドゥイブスを広めたいという思いに共感。治療専門のクリニックでしたが、「もう治療ができない」と断られ、当院を頼ってこられる患者を精力的に受け入れてきた院長の方針もあり、大阪では先駆けてドゥイブスを取り入れました。

学会での発表も面白く、そのキャラクターに魅かれる人も多い高原先生。医師であり技師でもあるので、厳しさは半端ありません。ドゥイブスをするには、きちんと精度管理されたMRIであること。ぼくたち技師は、高原先生の厳しいチェックに合格し続けないといけません。

読影(MRI検査によって得られた画像から所見を読み、診断を下す)しやすい画像を提供するため、撮影技術を高めると同時に、診断について真剣にやりとりするなど、常にベストを尽くすチームとなっています。

装置の使い方や情報交換など、医療機関同士のつながりに助けられることも多く、検診後のバックアップとして乳がん手術数で大阪府下トップの「大阪ブレストクリニック」と連携するなど、患者さんの次を丁寧に考えていくよう努めています。

検診後のアンケートでは「痛くない」「精度が高い」「被曝しない」「人に勧めたい」との声が多数。ホームページやメディア、地域発信も欠かせません。

若くして乳がんを患い、小さい子どもがいながら再発するお母さんたちの厳しい現実を知るにつけ、もっと早く発見してあげられたらとの思いから、安心して検診を受ける人を増やしていきたいと考えています。


お母さん大学ができること
母フラdeピンクリボンで、お母さんを笑顔に

お母さん大学とは?
お母さん業界新聞社代表の藤本裕子が立ち上げたお母さんの学び舎だ。ウェブコミュニティはあるが学舎はない。先生はわが子で、キャンパスは家庭と地域。テキストは、この「お母さん業界新聞」だ。

お母さん大学生は皆フツーのお母さんたちだ。子育てをもっと楽しみたい人、お母さん仲間が欲しい人などいろいろだが、お母さん(妊婦さんも卒母も)はもちろん、中にはお父さんや、子育てを応援しようという人もいる。

全国のお母さんが発信・交流・活動を通して学び合い、孤育てをなくそうと、お母さんの笑顔をつなげている。

母フラdeピンクリボンとは
フラを通してお母さんを笑顔にし、乳がんについての正しい知識や早期発見の大切さを伝える活動をしていくお母さん大学のサークルとして、2021年9月に発足。

リーダーはお母さん大学生の小林順子さん。フラのディプロマであり、ピンクリボンアドバイザー上級の資格も持ち、サークルを運営している。月数回のレッスンと、ピンクリボン運動に関する情報交換や学び合いを重ね、広く伝える活動を行っている。

なぜ、フラなのか?
2015年11月、小林さんは乳がんの告知を受けた。毎年検診を受けているにもかかわらず、なぜ?という思いにかられた。手術を経て治療が始まってからは体力的、精神的に落ち込む日々。片胸の摘出、髪や睫毛、眉毛さえも抜け落ちて顔がむくみ、鏡を見るのも辛かった。そんなときに出会ったのがフラダンスだ。

癒されるハワイアンミュージック、しなやかな踊り、美しい衣装や飾り、華やかなメイク。フラは「女性って素敵でしょ。片胸がなくったって大丈夫。ほら踊って、笑って」と耳元で囁いてくれた。生きる喜びを思い出させてくれたフラを通して、1人でも多くのお母さんが笑顔になるように。そして、「お母さん」の笑顔を失うことのないよう、乳がんの撲滅と早期発見の大切さを伝えるピンクリボン活動をしている。

コロナ禍に活動をスタート
コロナ禍のため、オンラインでステップレッスンから始めた。メンバーのお母さん大学生は全員が初心者だ。しかし小林さんの持ち前の明るさと丁寧な指導で、画面には笑顔があふれた。

「オンラインでダンスレッスン?」と当初は不安もあったが、終わってみれば汗びっしょり、心がすっきり晴れ晴れしていることに、心地よさと充足感を覚えていった。
母がつけまつげをする時

少しずつイベントが再開されるようになった頃、初ステージを前に緊張するお母さんたち。だが華やかな衣装を身につけロングソバージュのウイッグをつけると、一気に気持ちが上がる。慣れないつけまつげがうまくつかずに何度もやり直し。焦るメンバーのために小林さんは、メイク動画をつくってくれた。

2022年4月29日、「あつぎごちゃまぜフェス」にて、ひたすら練習した1曲を、観客の前で初披露。お母さんである自分を一時忘れ、「わたし」を感じる瞬間だった。

ピンクリボンを伝えるために
イベント出演を経験し、踊りのレパートリーも少しずつ増えてきた。

昨年秋からは、横浜みなとみらいにある日本丸メモリアルパーク内で開催されるDEARWELL(ディアウェル)祭に定期的に出演するように。スポーツ×子育て×味噌でウェルビーイングを提唱するこのイベントは、ピンクリボン活動の中心となった。

みなとみらいを散策する人々を巻き込んでは、一緒にフラで汗を流したり、乳がんクイズで伝えたり。街頭では乳がんアンケートを実施し、経験者にはインタビューも。
積極的に啓発・推進活動をすることで、メンバー自身もピンクリボン活動の重要性を再認識することとなった。

「母娘検診」のすすめ
乳がんは早期発見すれば治る可能性が高い病気。ステージゼロなら生存率は100%。それには検診に行くことが大切だ。自分の体と心、未来のことを考えてもらうために、母フラdeピンクリボンでは、これからもフラを通して体験、発信していく。
さらに今回、お母さん大学では、仮称「母娘検診」を、全国58の病院に提案。お母さんたちへも、母娘検診の受診をすすめていく。成人式に、誕生日に、母と娘で検診に行こう。病院には、母娘の記念撮影と、お母さん業界新聞の手渡しをお願いしたい。大切にしたい笑顔を守る提案だ。 (編集部)


乳がんサバイバーの私が伝えたいこと
小林順子

2015年11月13日、47歳のとき、乳がんの告知を受け、余命3年と言われました。まず思ったのは、生まれつき最重度知的障害の2000年生まれの息子のこと。息子よりも1分1秒でも長生きしたい。そう思っているのに、私はあと3年で死んでしまうのか、と。

術前抗がん剤治療、左胸全摘出手術&転移したリンパ節郭清、放射線治療を経て、現在はホルモン剤治療をしつつ、3か月ごとに検査しており、告知からもうすぐ8年になります。乳がんは早期発見、早期治療をすれば「治るがん」といわれています。

乳がんになった私を支えてくださった方々へ恩返しをしたく、恩送りのためフラダンス教室を主宰しています。メンバーにも乳がんサバイバーがいますが、仲良しのMさんは、昨年天国に行ってしまいました。乳がん患者会で親しくなった友人3人も、40代前半で罹患し、50歳を前に皆旅立ってしまいました。彼女たちの言葉や想いが、私の心にこだまします。検診の大切さを、正しく恐れることを、どうか伝えてと。

早期発見・早期治療のために、検診を促すピンクリボン活動を、お母さん大学生の皆さんとフラを交え、

「母フラ」として活動しています。検診率が低い日本。その理由は忙しい、自分はならないと思う、マンモが痛そうだし屈辱的、がんと言われるのが怖い、費用が高い、などなど。

でも私の場合、一番の理由はこれではなく。マンモで被曝するのが嫌だからです。マンモは微量の放射線被曝をします。ドクターからは「被曝する量は微量で心配する必要はありません」と言われたし、いろいろな文献にもそう書かれています。ただ必ず、こうも書かれています。「リスクがゼロではありません」と。

私は、40歳から2年に1回、乳がん健診を受けてきました。告知を受ける1年前、46歳のときも、良性嚢胞はあったものの問題ないと言われました。でも1年後、自分でしこりに気づき検査をしたら、乳がんでした。通常1cmのがんになるまでには10年かかるといわれています。私は1年で約5cmのがんになっていました。とても珍しい事例だそうです。

99.9%大丈夫!という言葉には、0.1%のマイナスがあることを、自身の乳がんが異例であったことで痛感。健康でいるための検診に少しでもリスクがあるとすれば…。不利益より利益が大きいといわれても、二の足を踏みます。もし不安や心配、嫌な思いをせずに受けられる乳がん検診があったら…。

あったのです! そんな、夢のような乳がん検診を見つけました。服、脱ぎません。胸、挟みません。そして、被曝もしません!

無痛MRI乳がん検診ドゥイブス・サーチの名前通り、MRIを使った、痛みがない乳がん検査です。現在は全国58か所で受けることができ、なんと帯広と新潟では、検診費用の一部を自治体が負担しているそうです。

健康でいるための検診ですから、被曝しない検査を選びたいし、大切な家族や友人にもこの検査を受けてほしいと思います。ドゥイブス・サーチとともに、全国にお母さんの笑顔が広がっていきますように。私たちも、活動を通して伝えていこうと思います。