子どもの頃、耳を掻いてもらうのが大好きで、夕食後に兄弟4人が母の膝を狙って争ったことを覚えています。薄明かりの下、母のあたたかい膝に頭をのせてガサガサと搔いてもらう。くすぐったいような痛いような、言いようのない快感でした。
掻き棒を動かしながら母は、「新しい学校でお友だちはできた?」と尋ねたり、「お風呂で耳をちゃんと洗いなさいよ」と注意したり。「この前、お母さんの財布からお金を抜いたでしょッ」と、棒を突っ込んだまま尋問を始めたりもしました。
夫婦げんかの後、気持ちを整理するかのように、私の耳を掻いたこともありました。目を真っ赤にして「耳、掻いてあげようか?」と誘ってくれたあの時。悔しそうに呟きながら、ぽとりと私の頬に涙を落とした母。「あら、ごめんね」と泣き笑いしたその表情に、安堵したのを覚えています。
耳掻きの後は、母のお腹に耳を当てるのがお決まりでした。ガスのグル音や話し声、鼻歌が聞こえてきて、それはきっと胎内で聞いていた音に似ていたのかもしれません。膝の上から見上げる光景も、授乳期の視界とどこか似ている気がします。
耳掻きを通して感じた母の匂い、あたたかさ、やさしさ。2人だけの内緒話がはっきりと残っています。この行為を、「親子のふれあい術」ベストワンに推します。
「ママ、お耳を掻いて」と求められたら幸せです。ついでにパパの耳も掻いてあげたら、思いがけず素敵な話が聞こえるかもしれませんね。

医 師
元たけや小児科医院 院長
武谷 茂
お母さん業界新聞6月号 母たちへの一文より
コメントを残す
コメントを投稿するにはログインしてください。