40年前の向こう三軒両隣

ある場所で偶然、懐かしい人とバッタリ出会った。
40年前の新婚の頃、同じアパートに住んでいた、楠川幸信さん。
当時は訓練生、今はベテランパイロットだ。

懐かしさに、「お茶でもしませんか?」と誘うと、
「だったら、ぼくのアジトでどうですか?」と言われ、
編集部の金子と青柳を同行し、4人で海へ向かった。

アジトとは、横浜ベイサイドマリーナ。
たくさんのセイルボートが並ぶ中に、
船体にちょこっと赤色が目立つかわいい一艇。それが、彼の住処だった。

船上の人となって45年というが、
「ヒコーキ乗りのくせに船に暮らすなんて!」という私の言葉ににんまり。

セイル歴は長く、20代の頃、
仕事でイギリスに滞在したときに、その魅力にハマったという。

3人のお父さんだが、空で仕事、海で生活しているので、
子育ては奥様任せでしょ?と尋ねる私に、
「家事も育児も人並み以上にやりました」と自慢していた。
が、その様子を聞いて納得した。

次男がダウン症という障害を持って誕生。
2歳までベッドに置かれた酸素テントの中で入院生活を送っていたという。
夫婦でどれだけ大変な子育てを乗り越えてきたか…。

その次男・敦士君は、幼稚園児の頃から絵を描き始め、
徐々に才能を発揮。
あるとき空に輝く三日月を見て感動し、以来、宇宙の絵を描くようになった。
26歳になった今、「天才アーティスト・楠川敦士」として注目されている。

船の上で、私たちに紅茶を入れてくれる彼に、
「なんでパイロットになったの?」と取材っぽく聞くと、
「広いところが好きだから」と即答。

母と子は、おなかの中でつながっているけれど、
父と子は、広い宇宙でつながっているのだと思った。

月並みだが、「夢は何?」と尋ねると、
「飛行機を降りたら、息子と世界一周の旅に出る」と言い切った。
広いところが好きなのに、鳥籠(コックピット)の中で仕事をし、
生活の場も小さな船室。

しかし、彼が見る先には大きな空があり、海があり、
息子と一緒に描く夢があった。

40年前の青年は、ロマンスグレーのおじさんになっても、
夢とロマンを忘れていなかった。それが彼の子育てだ。

「この船に、お母さんたちを連れて来たい」と言うと、
いつでもどうぞと微笑んだ。

子育てという籠の中でもがいているお母さんたちに、
大きな夢を描いてもらいたい。
そう思いながら、マリーナを後にした。

(藤本裕子)全国版12月号コンテンツ▶

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編集部 青柳 真美

お母さん大学事務局兼編集部。お母さん業界新聞副編集長。みそまる普及委員会代表。みそソムリエ。宅地建物取引主任者。仕事は、お母さんを笑顔にすることと、味噌を伝えること。具体的には、編集・企画・営業・イベント…。おっと、忘れちゃいけない大事な仕事が、藤本学長のツーヤクとカイゴ。家族と仕事以外に、私の人生に欠かせないもの…車/映画/本/旅/食後のコーヒー。息子1人(27歳)。