お母さんだから伝えられること~「着物に力を借りて、原爆を語る」セミナーに参加して~

先ほど、
「長崎被爆者・福島富子さん『着物に力を借りて、原爆を語る 〜次世代へ伝えたいこと〜』セミナー」に参加した。

長崎被爆者・福島富子さん 「着物に力を借りて、原爆を語る 〜次世代へ伝えたいこと〜」参加無料セミナー

子どもたちがいる中で果たしてちゃんと聴けるだろうか・・・と不安だったが、
意外にもおとなしくしていてくれて、最後まで聴くことができた。

内容のレポートは本部の方がアップしてくれる・・・と思うので、
私は感想を書こうと思う。

生後7か月のとき、長崎で被爆した福島さん。
自身に原爆の記憶がない中、
結婚後、神奈川県原爆被災者の会に参加したことで、
「被爆の記憶がある方たちの話を伝えていくことが、自分の役目」と、活動を始めたらしい。

福島さんが着物で活動する理由。

福島さんは、4歳の頃、伯母の家に預けられたそうだ。
そこで、親戚のみなさんが和裁をやっていた。
戦争が、原爆がなければ、預けられることはなかった。
和裁、着物は、被爆体験を語るときには外せない。
育ててくれた伯母への思い、
4歳の頃に生き別れて、その後10歳で再会するものの、実母と認識できなかった、母への思い、
それらの思いを着物に込めて、活動するときの力にしている。

福島さんにとっての「二人の母」。

今回のセミナーでも、
原爆のことを伝えるためにアメリカやベルギーに行った時も、
福島さんは着物姿だった。

日本人だから和装、という単純なことではなくて、
その姿、着物、帯、すべてに込められた深い思い。

セミナーの間、福島さんの着物姿に終始圧倒されていた私だった。

そして、「伝えること」。
戦後76年が経ち、それが何よりも難しいことになっている。

私たちの親世代でさえも、戦後生まれがほとんど。
祖父母の代になると戦争を経験した人が多いが、
思えば、あまり詳しく聞いたことはなかった。

覚えているのは、
夫の祖父からの話。
夫の祖父は海軍に所属していたらしい。
晩年、病気で入院していたとき、戦争の話を断片的に聞いた。
病床で祖父がしきりに話していたこと。
「絶対に戦争だけはやっちゃいかん。あれだけは絶対にいかん」

今日のセミナーの中でも、
福島さんが最後に朗読した文章の中で、同じことが語られていた。

世の中には「絶対」なんてことはほとんどないけれど、
だけど、戦争だけは「絶対に」やってはいけない。

戦争は、原爆は、人類の「絶対的」過ち。

広島にある、原爆死没者慰霊碑には、
「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」
と刻んである。

この「過ちは繰り返しませぬから」というのは、誰を指しているのか。

「被爆者でも日本国民でもなく、人類、です」と福島さん。

人類皆が、この誓いを守らなければいけない。

しかし現在の世の中、
原爆の日も、終戦記念日も知らない若者や子どもが増えている。
せめてテレビニュースを観たり新聞を読んでいれば、目にすることもあるだろうが、
そうでなければ、知るきっかけすらない。

先日の広島の原爆の日、
私の長男が全校出校日だった。
それをSNSに投稿したら、
広島や福岡のお母さん大学の仲間たちが、
「昔は8月6日はいつも出校日だったんだけどね」とコメントをくれた。
そこで、
以前、広島や福岡、関西の一部では、
毎年8月6日は出校日で、そこで平和教育をしていた、ということを知った。

私の長男の学校が出校日だったのは、そういう意図はまったくなく、
単に「みんな元気にしてるか確認」のためだけの登校に過ぎなかった。
長男に聞いても「原爆の話なんてなかったよ」と。

岡崎市は、全校出校日は学校によってまちまち。
私が生まれ育った名古屋市もそう。

広島や長崎は、小さいころから平和教育を受けている。
その事実に驚くと同時に、
だったらなおさら、平和教育を受けていない地域の子どもたちには、
家庭で伝えていかないといけないと感じた。

福島さんがセミナーの終わりごろにおっしゃっていたこと、

「戦争や原爆のことを知っている子どもたちは、たいてい『お母さんが話してたから知ってる』と言います。
逆に、知らない子は、お母さんがそういう話をしていません。
だから、お母さんが話すことが本当に大切なんです」

お母さんは、命を産み出した人。
だからこそ語れる「思い」があるし、その思いを乗せて話すことができる。
大切な大切なわが子が、この先の人生も豊かに平和に生きていけるように。

どんなに毎日大切に育てても、
戦争が起きたら、すべて意味のないものになってしまうから。

平和は、お母さんとわが子の間にある。
すべての母子からその平和が広がれば、世界まるごと平和になる気がする。

セミナーが終わった後、
二人で仲良くYouTube観ている姿を見て、
この子たちのためにできることを考えながら、3時のおやつを作った。

おいしいものをおいしく食べられる毎日が、
いつまでも続きますように、
お母さんにできることは、たくさんある。

6 件のコメント

  • 娘の通院の日で今日は参加できず残念でしたが
    感想UPしてくれて嬉しいです。

    わたしの地域も登校日は普通に元気か
    確認する日で、平和教育とかはなかった。

    そして母は子供の頃疎開したりしてたんだ。
    父も。
    だからかな、映像の20世紀とか、戦争に対する
    そういうNHKのテレビとか、あとは、本は
    はだしのゲンとか勧められて読んだり
    アウシュビッツの漫画とか小学生て
    ユダヤ人収容所について書いてあるのを
    読んだりしたり。

    お母さんが伝えて行くこと
    母は、まさにそれをしてくれてたんだと
    今更思う、

    子供に少しずつ、本や、映像で
    伝えていこうと思いました。
    なかなかね、見てるとしんどくなるから
    なかなか見れないんだけど
    NHKの戦争ドラマも見ようと思うよ。
    日本兵が捕虜に対して行った人体実験
    その話も聞いたことあるの、母から。
    →母も知識ときて知ってるだけだけど
    だから、ああ、あの時言ってたとこだと
    繋がってね。
    少しずつでも、伝えてくて大事だなぁと
    自分の経験から思いました。
    シェアしてくれてありがとう。
      

  • 早い!私もすぐに書こうと思っていたけど、さすが!
    広島市の私の小学校では8月6日に登校して、そこで経験者から話を聞くことが当たり前だったよ。
    私が子どもの時はまだ、体験した方が多くいたからね。
    教頭先生が被爆体験だったこともあったし、身近に話を聞ける機会が本当に多くあったし、
    それが本当に当たり前だった。
    今ではきっとテレビでは放送しないだろうな、というような悲惨なビデオも多く見てきた。
    目を背けたくなるものばかりで、平和学習が好きだった子なんて一人もいないと思う。
    ただ、やっぱりこうした経験が今の私の平和への強い思いを育ててくれたと思うし、
    目を背けたくなるほど、むごい歴史を絶対に繰り返してはいけないと強く思う。
    だから、息子たちにも私がたくさん語らないといけないな、と思うよ。

  • レポートありがとうございました!
    前半しかきちんと聞けなかったので、レポートうれしいです♪
    久留米市の小中学校では今も8月6日は登校日として平和学習が行われていますよ。
    DVDを見たり、実際に被爆された方の体験を聞いたりしているようです。
    今年は中3の長女が登校日に帰宅すると「語り部さんたちがいなくなってきているから私たちが伝えていかないとね」と
    サラリと言っているのを聞いて驚きました。そんなこと普段言うような長女ではないので。
    家庭でももちろんだけれど、みんなで意識できる日にしていきたいですね。

  • 天野さん
    息子くんたちと参加どうもありがとうございました。
    お母さんが一生懸命に聞いてる姿を見せている。
    内容はわからないけれど大事なことを聞いていると理解してくれているのでは。
    画面の向こうの子どたちに残せる世界は平和でありたいものです。
    福島さんから天野さんの発信を見て以下のコメントが来ました。
    「素晴らしい発信、私の方が反対に感動してますと、お伝えくださいね」

  • 天野さん、こんにちは!
    セミナーのレポートありがとうございました。
    セミナーには参加しませんでしたが、かなり有意義な内容だったことが分かりました。
    私の亡き祖父もやはり生前全く同じことを言っていました。
    「戦争はだめだ、絶対にだめだ」と。福島さんのセミナーのレポートと、天野さんのおじいさんの言葉で戦争を経験した方々の思い、改めて実感しました。
    日々の事柄で忙しい中でも、戦争経験者が少なくなった今、その子供、孫が戦争について出来るだけ自分たちの子に語り残していかなければ。
    改めて母親の使命を自覚させて頂きました。

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    MJプロ1期生。 小学4年生と幼稚園年少の男の子の、2人の母です。 名古屋市出身、愛知県岡崎市在住。 日々試行錯誤しながら、育児に奮闘しています。 育児は難しい!でも幸せ。 その間を行ったりきたり・・・な毎日です。