お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

惨憺たる離乳食時期

以前からアップしたかった、息子の離乳食。
イラストにするには難しく、手っ取り早く仕上がるものとして、かつての食事風景を…。

ご飯の入ったお椀を、一口も食べる前にいきなり払い落とす。
一度や二度ではありません。
それゆえ、下には新聞紙が必需品。

お椀に飽き足らずスプーンも。
理由は、当時のネット情報によると、どんな音がするのか、どこまで飛ぶのか、はたまたその時の親の反応までも気になっているから、とのこと。

恥ずかしながら乳幼児の発達に関して勉強してきたはず、でした。しかし、全く息子には当てはまらなかったのです。
すがる思いでネットで情報を探しました。

結果、息子の離乳食時は、スプーンはコンビニで貰うスプーンや離乳食用のスプーンなど4本。お椀を飛ばされないようヨーグルトやプリン、もずくのプラ容器を10個くらい手前に並べてました。
スプーンを飛ばされても拾わず済ませ、お椀を飛ばされないようにプラ容器で遊んで貰いつつ、離乳食を食べてもらう。

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しかし、10ヶ月くらいから手づくりのものは食べなくなりました。調味料を使って良いと言われ始めたものの、味の濃さが分からずごく控えていました。恐らく、味が薄すぎて、味覚に響かなかったのでしょう。

食べなくて、これまたネットで探しました。
食べなかったから、ミルクだけで一歳まで過ごさせた。一歳過ぎで、大人のものを取り分けたらモリモリ食べた、というお母さんの投稿に勇気づけられ、我が家もそれに倣いました。

「ミルク1000ミリも飲んでたら、ご飯食べるわけないでしょう!?」と若い保健師さんに健診で言われ、(あぁ、専門家の言葉って、凹む人には凹むのよね、こんなふうに)と実感しました。
もし現場に戻ることがあったら、言葉には本当に気をつけなければと、苦い思い出です。

息子はというと、一歳過ぎ大人の薄味版をあげるともりもり食べ始めました。
思いの外、離乳食の味付けは薄すぎても味覚の発達には届かないんだ!と思ったのでした。

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ABOUT US
佐伯和代
保健師の肩書きはあるものの、病気治療と休職で現場からは2年足らずで戦線離脱。治療中に結婚、主人の転勤で東京へ。翌年お母さん大学に出会い、これからお母さんとして活動開始。結婚5年目大分に転勤後、長男を出産。7年目に自宅を建てた熊本に転居して長女を出産。 2021年4月には長女も小学校に。ADHDと自閉スペクトラムを持つ息子と、女子力高すぎの娘。療育に携わる仕事の可能性も模索しつつ、日々に追われ、仕事復帰はまだ先かなと考える2児の母です。