お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

生まれた町で折々おしゃべり会を開催したら、プチ同窓会になった件

お母さん業界新聞5月号の百万母力広告大賞に選ばれました!
「生まれた町にも、お母さん業界新聞」

私は、宮城県角田市という、あたり一面田んぼ、蔵王山の見える盆地、とにかく田舎で生まれ育ちました。

家からは蔵王連峰が見えます。

18歳の時に就職する為に横浜に行くことになりましたが、家を出たくなかったのが本音。
親のように、仕事をして、誰かと結婚して、そうして子どもを育てて生きていくんだろうと漠然と考えていたからです。

あれから28年が過ぎてしまいました。
一言で伝えるにはあまりにもたくさんのことが起きて、流れていった時間。
それでも年に1、2度は帰省して、変わらぬ空気を思い切り体に染み込ませて、また帰るのです。

お母さん業界新聞に出会ったのは約10年前。
あの時、この新聞から感じたのはお母さんの心、お母さんの愛。
それまで出会ったことのない言葉たちがたくさん詰まっていました。
その後、お母さん大学を知るにつれ、
「角田市で頑張って子育てしているお母さんたちにも、届けたいな」と思ってきました。
理由を聞かれてもよくわかりませんが、きっと、私の大好きなあの町を守ってくれているのは、
未来の力を育てているお母さんたちのような気がするからです。

5月の連休で、帰省することになり、宮城県で活動しているお母さん大学生の樺澤恵美子さんに連絡をすると、
会おうよ!ということになりました。
それなら、折々おしゃべり会をやってみよう!となったのです。

突然の思いつき。
でも、せっかくだからと、片っ端から連絡。
ちょうど田植えの時期だということは知っていましたが、みんなことごとく田植え!(笑)
それなら田植えを手伝いに行けばよかったか…

でも、何人かはお返事をくれて、会いにきてくれました。

樺澤さんは、わたし版をつくっています。
この日、みんなの分も持ってきてくれました。
手書きのぬくもり。
「この新聞を楽しみにしている、と言ってくれる方もいるの!」とうれしそうに話す樺澤さん。

実はみんな児童館(幼稚園)の頃からのつながり。
最初は懐かし話で盛り上がり、あだ名は何だったとか、先生はどうだったとか…

そのうち、子育ての話に。
同級生の子ども同士がまたまた同級生だったり(お付き合いしていたり!?)、
私たちが教わった先生に、さらに子どもがお世話になっていたり、
今の子どもたちの部活の大変さ、塾問題、田舎ならではの送り迎え必須な親の苦労、
離れていたけれど、同じような経験をし、乗り越え、あるいは今、悩みの真っ只中にいる。
そう思いながら共感は尽きず、いつの間にか6時間も夢中で話していました。

生まれた町で子育てしてみたかったなぁ…
そんな叶わぬ夢を切ない気持ちと共に拭い去り、また会おうね、と笑顔でバイバイ!

「この日、仕事なの〜〜!でも読んでみたいな」、と言ってくれたお友だちは、
角田市内で7年前から理容室を経営。
それなら、と車で向かいました。

とても喜んでくれました!
彼女はなんと、おばあちゃん !!孫がいます!!
それなら尚更娘さんに、読んでもらわねば、ですね。

写真にはいないけど、こちらでは同級生も一緒に働いていて…もしかしたら30年ぶりくらいに会ったのかも。

その後、家に帰ると、とっくに終わった折々おしゃべり会でしたが、缶チューハイを持って来てくれたお友だちが!!ありがとう!近いっていいですねw
ああ、写真に写っていないけど、ドーナツをたくさん持ってきてくれたお友だちも!
みなさん、本当にありがとう♡
とにかく面白い1日でした。
再会最高。

お母さん業界新聞のおかげで、久しぶりな青春時代に一瞬で戻った私たちでした。
みんな、会社で配ったり、お友だちに渡すね!って言ってくれました。
きっとこの種が、どこかで芽を出すことでしょう。

また次回、開催したいと思います。
生まれた町にも、お母さん業界新聞。
皆さんも、やってみてくださいね、おすすめです。

※宮城県角田市では現在私の母が配り隊をやっております

生まれた町にも、お母さん業界新聞

 

生まれた町にも、お母さん業界新聞 Pert 2

 

 

8件のコメント

植地さん

怒涛のGWも終わりますね〜
ハードスケジュールをこなして、生まれ育った町でも繋がってきたのですね!
久方ぶりの再会も新聞を通して繋がれたことも、植地さんの日頃の活動があってこそですね。
お疲れ様でした!
パワーアップした植地さんとまた繋がる喜び、色々楽しませてくださーい。

角田だ〜〜〜!!!!
もしかして、植地さんと同級生の従姉妹がいるかもしれません(夫のいとこ)。
折々会が同窓会って素敵ですね!角田のあったかさが伝わってきます♪

なんか、読んでて涙が出てます(T-T)

蔵王なのか、宮城なのか、宏美さんと同じく生まれ育った町で子育てしたかったからなのか。

私は進学で水戸を出るとき、何も思わなくて、戻るつもりもなくて。
大学の寮で同期から「めちゃくちゃ水戸と家族好きなんだねぇ」と言われてやっと自覚したな…(その同期は過去の宏美さんと確か同じ職場たぶん別部署です~)。

そんなことをいろいろ思い出しつつ、宏美さんの育った場所と時に思いを馳せつつ、涙目で夕飯食べながらコメントしてます(笑)

幸恵さんそうでしたか〜。
思い通りにいかないから、新しい世界にも出会えたのですが、
もし、あの時、という別の選択肢に進んだ私も、それはそれで幸せだったかな〜って思います。
(ああ、でもパラレルワールドとか、タイムリープとかが苦手なので、もう混乱してきていますw)

これは…離れたくない景色です…!
大きなお山のふもとには、あたたかい温泉が湧いているような、素敵な街なのですね。
生まれ育った街での子育ては、たしかに感慨深い場面がたくさんあります。
子ども時代を共に過ごした人が、同じように子どもを育てていることが何とも尊く感じます。

いたいた、いましたね、羨ましいお母さんがこちらにも。
うちの子たちは、知り合いもいないし、どこにいくわけでもないのに、実家に行きたがるんですよね。
なんでしょうね、
ここは、安心の場所、ふるさと、と察知するのでしょうかね。

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ABOUT US
植地宏美
お母さん大学横浜支局。 お母さん業界新聞横浜版編集長(2019.10〜2021.12)。 長女19歳、長男15歳、次男13歳。 お母さん大学をものすごく、楽しんでいます。 結果、 お母さんをものすごく、楽しんでいます。