お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

宿題その1 お母さん業界新聞4月号・特集「お母さん大学で出会った言葉」

4月号の宿題・特集テーマは

「お母さん大学で出会った言葉」と題し、

お母さん業界新聞や、お母さん大学のサイト記事から。

リアルやオンラインでの活動の中で、仲間が話したこと、
学長・藤本裕子にかけられた言葉など。

その一言で
・心が軽くなった
・スイッチが入った
・視点が変わったなど

何気ない一言や、記事の一文が、
・子育ての見え方を変えてくれた…
・仕事や活動、その後の人生になんらか影響や彩を与えてくれた…

そんな言葉たちを集めたいと思います。

回答には、
①言葉・出会ったフレーズ
②その時感じたこと
③変化した出来事
を盛り込んでください。

■出会った「言葉・フレーズ」の例
・ギャン泣きのわが子を見て先輩お母さんが「将来はオペラ歌手やね」と一言。
・母ゴコロの記事にあった「子どもは未熟なのではなく、成長の途中」という一文。
・お母さん大学のキャッチコピーの一つ「悩んだ数だけ母になる」。

■書き方
・レポート風、日記風、エッセイ風、つぶやき風…自由に書いてください。
・字数は、200~500字程度

■投稿方法
・コメント欄への書き込み(但し、字数200字以上)
・各自ブログUP後、このコメント欄に、アップしました報告を忘れずに。
・その他、info@30ans.com への直メールでもけっこうです。
(1)名前、(2)ケータイ(日中連絡がとれる番号、アドレス)を記し、
件名は「お母さん大学で出会った言葉/名前」でお願いします。

■写真
・原稿にふさわしい写真(当時の写真でも今の写真でもOK)があればご用意ください。
なければ、イメージ写真などこちらで用意させていただく場合があります。

■締切
2026年3月14日㊏https://www.okaasan.net/oshirase/homework/140229/

宿題その2 お母さん業界新聞4月号・母色30「小さなトラウマ」も回答を!

22件のコメント

“そこにいるだけでお母さん”
産後うつを経験した大坪香織さんの言葉
この言葉を胸に、当時第一子子育て中かつ、産後鬱だった私は、肩肘張らない子育てを考えだし、ヘルプを出せるようになり、頑張りすぎないようになりました。結果、子育て楽しくなりました。

お母さん大学で出会った言葉。それは学長である藤本さんに初めて会ったときに仲間たちから言われた言葉。「お母さんは泣いてもいい」たしかそんなニュアンス。

今までは「お母さんは頑張るから泣いちゃいけない。」「お母さんがしっかりしなきゃ」などがんじがらめになって子育てをしていました。
泣きたくなるときもあるけれども、泣くときはトイレの中で。と考えていたわたしにとっては本当にぐさっとくる言葉でした。

でも本当にお母さんだから泣いちゃいけないなんて思い込んでいたのは自分で。
自分で自分の首を絞めていたなぁって感じていました。

だからこそ、藤本さんの言葉を周りの人々に伝えたい。
わたしは看護師として仕事をしている。
看護師という仕事柄上、自分でなんでもできちゃうし、やろうとする。
でも限界でギリギリで生きていることが多い…

お母さんだってたまには息抜きをしたっていい。
子育てが完璧じゃなくてもいい。
そんな風に思えたこのお母さん大学が大好きです!
無事に出産を終えた妹にもお母さん大学の存在を伝えていこうと思います!

“母力“
はじめて言葉を聞いたのはお母さん大学入学前、岡崎で開催された「お母さん大学in愛知」時でした。その当時、私はまだ「お母さん」をというより「ワーママを目指す子どもを生んだ人」だったなと今では思います。

お母さんが毎日行っていることは、仕事に必要なスキルを育てることになる。これが母力だと感じ、ダブルタスク・スケジュール管理・体調管理などを日々こなすことこそ、私の充実した人生に必要なことなんだと、親になった自分の気持ちを奮い立たせていました。だからこそ、この頃の悩みは何も上手くできない自分の不甲斐なさみたいなものが大きかったように感じます。

「ワーママを目指す子どもを生んだ人」だった私がお母さん大学に入学し、「お母さん」であることにやっと馴染んできて、悩みも子どもたちのことを想ってのことだったら悪くはないと思えることも増えました。

まだまだ母力のことは、はっきりとは分からない。それでも、私の充実した人生に必要なのは、仕事をこなすスキルを身につけることじゃないことは分かってきています。きっと、母力という言葉に出会えてなかったらそこにも気づかなかったかも。

はじめて母力に出会った頃の私に伝えたい。
母力ってそんな小さくて狭いものじゃなく、もっともっと大きくて豊かなものだよ!

①藤本さんの私の育休に対して「なぜ最長3年取れるのに取らないの?」という言葉
②当初はやりたい仕事ではなかったけど、結婚出産後の福利厚生を考えて就職した仕事だったのに、そのことを完全に忘れて、周りへの迷惑を最小限にしようと自分の気持ちを置き去りにしていたことに気づきハッとした。
③本当に育休延長したおかげで悔いなく職場復帰できた。後輩達も1年以上とるのが通例になってきた。
↓昔書いた記事ですが。
https://www.okaasan.net/hahagokoro/100094/

「半径3メートルの世界」

お母さん大学に出会う数ヶ月前、わが家には夫の異動でスコットランド移住の話が来ていました。
夢をたくさん描きました。ですがコロナ禍、色んなことが重なり、その夢は消えました。

どこへも動けない自分。ここじゃないどこかへ。
そんな気持ちにまでなってたあの時。

お母さん大学と出会うのは必然だったのかも
しれません。
「半径3メートルの世界でペンを持ってごらん」

ペンを持って、わが子とわが家を見つめると、涙が出るくらい宝物がそこにはありました。
なにも失っていない。むしろ増えていく宝物。
悩みだって。もやもやだって。
気づいた先にあるもの。

半径3メートル、とっても小さな範囲ですが、
そこに「世界」という言葉が続き、どこまでも広がっていくような気持ちです。

「学校なんて行かなくても大丈夫よ」
藤本さんに言われた言葉。
長女が小学2年生から行き渋りがはじまり、どうにかして学校へ行かそうと無理をしていたその時に。
「普通」に縛られて、娘にも無理をさせていたけど、その一言で、解放された。
マイペース登校生活9年目。中学になって、毎日通うかと期待したけど、入学式の日と次の日に行って、そこから再びマイペース登校。それが我が家の「普通」になってる。
読み聞かせなどで小学校に行った時に、無理やり教室に連れて行っているのを見ると、「そんなに頑張らなくても大丈夫ですよ」と声をかけたくなる。
全然勉強していなくて、学力は小学生だけど、やろうとしなければ勉強は身にならないし、いざとなれば、大人になってからでもいいのかなと思えるようになったのは、藤本さんのその一言があったから。
これは経験しないと出て来ない言葉だと思う。その経験をさせてくれている長女はやっぱり「先生」なんだと思う。

「子育てはとてもスキルフルなのだ」。そう話す藤本さんといると、ふと心が軽くなる。お母さん業界新聞で生み出されるモノやコトはすべて、「お母さんを笑顔にしたい」という想いから生まれているのだなぁと感じる。

子育ては、毎日の小さな判断や工夫の連続。
段取りを考え、相手の気持ちを想像し、時には自分の感情とも向き合う。

私自身、我が子の誕生によって世界が良くも悪くも180度変わった。大変なこともあるけれど、その経験の一つひとつが、自分を育ててくれている気がする。

藤本さんからお話を伺うと、本気で子育てをしながら自分を大切にすることが、社会の明るい未来につながっていくのだと実感する。

まだ私はお母さん業界新聞に出会ってぴよぴよだけれど、藤本さんの周りで生まれる「お母さんをワクワクさせつづけるプロジェクト」に、関わっていきたい。

今日も、どこかで誰かのお母さんが、未来を育てているんだろうな!もちろん私も未来を育て中!

仕事の人間関係で心がすっかり沈んでしまった時にお母さん大学という新聞での記事に出会い すぐ入学
お母さん大学という言葉がとても魅力的でお母さんを学べ学校があることがとても新鮮で凹んだ心もいつの間にかなくなっちゃいました お母さん大学という学校は最高です

ペンを持とうとよく言われるけど、その中で「書いてるとその人らしさが出る」ということばが印象に残ってます。
ただしい書き方があるんじゃなくて、そのままを認められた気がするからかなぁ。

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ABOUT US
編集部 青柳 真美お母さん大学本部
お母さん大学事務局兼お母さん業界新聞本部編集部。お母さん業界新聞編集チーフ。みそまるマスター。みそソムリエ。宅地建物取引士。仕事は、お母さんを笑顔にすること、味噌を伝えること。具体的には、編集・企画・営業・イベント…。家族と仕事以外に人生に欠かせないもの…車/映画/本/旅/コーヒー/甘いもの。息子(32歳)、孫2人。