6月号宿題◆MJ30「子どもの頃苦手だったもの」

夏の気配がした途端に虫たちが動き出し、
ちょっぴり憂鬱な私ですが、ご多分にもれず子どもの頃は
だんごむしを集めたり、バッタとりに励んだりもしたものです。

そこで今月の宿題ですが、
反対に、
「子どもの頃、苦手だったもの」
を、皆さんに聞いてみたくなりました。

私は「グリンピース」が苦手で、
1個1個避けてチャーハンを食べていたことを思い出します。

また、夏の夜、母と兄が見ているテレビの「怪談」が怖くて、
「(テレビ)消して消して」と叫び、「嫌なら早く寝なさい」と言われていたこと。

幼い頃商店街を歩いていると、
微かに聞こえてくる「チンチンチンチン…」という鐘の音。
母の後ろに隠れて見た「チンドン屋さん」は、
映像とともに音まではっきりと覚えているから不思議です。

…という具合に、皆さんも「苦手なもの」があったでしょう。
食べ物はすぐに思いつくと思いますが、ほかにもきっとあるはすです。
記憶を紐解いて、エピソードを交え、投稿していただけたらと思います。

★書き方
ドッジボール/小学生の頃、給食を食べたらクラス全員で校庭へ出て遊ぶ習慣がありました。でもどんくさかったのか。いつも3人以内に当てられて終わり。苦い思い出です(日本花子)

という具合に、
苦手なもの/エピソード(本名)
で、名前除いて60~80字程度でまとめてください。

★回答は1本に1ネタ、複数回答歓迎です。
★本名発信。

★回答はコメント欄に記入、または直メールで、info@30ans.com へ。

(1)お母さんの名前、(2)ケータイ(日中連絡がとれる番号、アドレス)を記し、
タイトルは「苦手だったもの/名前」でお願いします。

★今件、回答(宿題参加)いただいたものは、
「お母さんたちに聞いた、子どもの頃苦手だったもの」として
「お母さん業界新聞6月号」(6/1発行)に掲載させていただきます。

★お母さん大学生以外の方も回答(宿題参加)いただけます。
※掲載紙を郵送しますので、名前、〒住所、ケータイ番号、アドレスを書いて送ってください。

★締め切りは、5月16日(日)

どうぞよろしくお願いいたします。

36 件のコメント

  • 今思えば、私は苦手なことばっかりだったなー。

    1 「大きくなったら何になりたい?」って聞いてくる大人たち。
    やかましい。まだ大きくなりたいし、大きくなったら何かにならなきゃいけないのか?それを、もう決めとかなきゃいけないのか?決めてても何であんたに言わなきゃならないんだ?って思う子でした。

    2 マラソン大会で応援してくる声。
    こちらも、やかましい。言われんでも頑張っとるわいっ。て思う子でした(;´∀`)

    3 2と少し似てるけど、私がジャングルジムに登れるまで体育の時間は終わりません!って言った先生と、「頑張って登ってー」って応援してきたクラスの人たち。
    これは、ほんっとに嫌だった。ジャングルジムがそもそも苦手で、何であんな不安定なものにわざわざ登って、一番上まで行ってイェーイ!ってしなきゃいけないのか?意味不明。そのまた小学校にあったジャングルジムがやたらでかくて!縄でできてるの!フラフラするし、手は痛いし、高いし、恐いやん!でも、気付けばクラスで私だけ登れない状態で。。。先生は何を思ったのか、私が登れるまで、体育の時間は終わらせない!って、熱くなってさー、クラスの子たちも、頑張れ頑張れ頑張れ!って、応援している自分に酔ってんじゃねーよ。ありゃー、イジメだったわ。本当に嫌な思い出。結局、泣きながらジャングルジム登りましたよ。そしたら、先生もクラスのみんなも感動して、抱き合って喜んでましたよ。もう、身の毛がよだつ光景でしたねー。

    4 酔っ払い
    苦手!嫌い!臭いしうるさい!

    5 大きい声を出す人
    こちらも、苦手!恐いやん!

    6 換気扇の音(今でも苦手なので、料理する時が大変)
    エーン。これも怖い!

    7 鼻が大きい人
    エーンエーン。これも怖くて苦手ー。鼻に襲われる〜。

    8 美男子
    相手がカッコ良すぎると、私、鼻の穴が膨らんだり、顔が赤くなったりしてそうで、(多分してる)ドキドキするのが嫌で、クラスのカッコ良い男子は苦手だったなー。

    9 自分より子どもの子
    何をしていいのか、何を話せばいいのか、何を思っているのか、得体が知れなくて怖かったし、私の弱点やだめなところを あのまっすぐで真っ黒な目で全部見えてるんだろうなと思うと、、、。苦手な生き物でした。

    10 朝起きること
    子どもの頃から結婚するまで、ずーーーーっと苦手でした。
    休みの日は朝から晩までずーーーーっと寝とけたもんなー。

  • 冷ややっこ/味もなく、食べると吐き気までしていた私。全部食べないと怒られていたので、醤油をドバドバかけて、無理やり流し込んでいた。

    集団下校/マンモス校だったので、たくさん人がいる中、どこに集まればいいのか、あまり面識のない上級生と帰る意味ももいまいちわからず。

    テレビの話題/テレビを見せないとい教訓のわが家。思春期の話題はたいていドラマや好きな芸能人。テレビの話題についていけない自分がとっても嫌だったな。

  • 創作ダンス/この日の体育は、なぜかお腹が痛くなる。自分がやらなくても、他人がやっていても、恥ずかしい。楽しそうにしている人を見て、どうしてできるのか、信じられなかった。(好きな人はごめんなさい)

  • 学校生活での音/黒板を爪でひっかく音、給食の食器と先割れスプーンがすれる音。体中がゾゾゾ~となっていた。
    シャンプーの時顔に水がかかる/シャンプーハットを愛用してても隙間からタラ~と水が垂れてくることも…。それだけでもう大パニックに。
    シウマイの上のグリンピース/豆ごはんは好きだったけどシウマイの上のやつは嫌いだった。理由は、口の中に豆の皮が残るのが嫌だったし、そもそも何の必要があるんやろと思っていた。私の結論はいらんやろだった。

  • ⚫市役所のからくり時計/お昼になると日本人形が出てくる。動きながらこちらへ来そうでパニックになるのに、怖いもの見たさに目の前を陣取っていた。
    ⚫誘拐する人/トトロが出そうな森の中の通学路。近所の子が先に帰ってしまい泣いて歩いていたら、ビックリした顔でその子が待っていてくれた。
    ⚫カールスモーキー石井/人なのか…?と思っていた。お化粧した白い肌がすごく恐くて、画面上で目が合うと震えていた。父が年中日焼けしていたせいだと思う。

  • 逆上がり。一年生の時に逆上がりをクリアするというクラスの目標があったためだったかな。クラスの皆がクリアして、残ったのは私だけ。
    毎日昼休みに練習して、手のひらにマメが出来て潰れてカットバンだらけ。それでも何日目かにやっと逆上がりが出来た時には、先生は勿論クラスメートにも喜んでもらったような記憶があります

  • 障害物競走/クラス選抜のリレー選手になるほど、短距離走は早かった私。でもアスレチック系が苦手で、短距離走のタイムで障害物競走の走る順番が決められていたので、いつもビリだった。

  • パパとママどっちが好き?という質問/一人っ子で甘えん坊だったからかよく聞かれたど、そんなの答えられない。子供に気を遣わせる質問をする心無い大人が嫌いでした。(大蔭 幸)

    あなたの知らない世界/正午からしていたTV番組。お店や親戚の家でかかっていて、つい見てしまうと夜眠れなかったりトイレに行くのが恐かった。うっかり子どもが見てしまう時間に怪談はやめてほしかった。

      • わぁ、曽我さん!!私も一緒です。
        特に一度だけ見てしまった雛人形特集が恐ろしすぎて…毎年お雛様の頃になると思いだし、飾ってあるお部屋に行くのが怖かったです。
        もう、ほんとうに、昼間っから怪談なんてやめて欲しい…今だとあり得ないですいね(笑)

  • 天井/小学一年まで2段ベッドの上で寝てて、天井が近かった。木目の天井の一部分がヒトの顔に見えて、いつも睨まれている気が…。今は老眼が進み、天井はボヤケてるのでへっちゃらさ。

  • 子ども/親戚に赤ちゃんが生まれてもどうしてよいか、面倒をみるのが苦手でした。遊んであげることなんてとてもできませんでした!結婚して子どもができるまで、本当に苦手でした。面倒みること出来なかったです。あの人こわい、と言われてことも!でも、今では子ども4人の母になり、孫もできババになり、とにかく子ども大好きです~。いろんな子どもとふれあいたい❗子どもは宝だ‼️

  • プロセスチーズ/学校の給食に時々出てくるのですが、食感が苦手でした。「デザートなので牛乳も全部飲み干してから一番最後に食べる」というルールがあり、辛かったです。どうやって食べたらいいのかわかりませんでした。

  • 幼稚園の給食/センターから運ばれてくるお弁当箱(オレンジ色で動物の絵が蓋に描いてある…そんなことまで覚えてます)に入った給食でした。熱いうちに蓋をされていた→蓋に湯気が当たり水滴になる→水滴が落ちてごはんがベチョベチョ、ふりかけはふやけている。口に合わない上、元々少食だったこともあり、つつくだけでほぼ食べず。教室に最後まで残されて中々外に遊びに行けませんでした。。
    小学校に入って、学校で作られる給食がおいしさといったら!そのあとはたくさんご飯を食べられるようになって、食いしん坊になりました。

    長らくサボっていました。。バケツじゃ足りないですね、ごめんなさい。
    まだ不安定ですが徐々に増やしていきたいです。
    よろしくお願いします。

  • 幼稚園の門/なんで幼稚園に行かなくちゃいけないの?おうちにいたいな。ママといたいな。ああ今日も着いちゃった。ここでママとお別れ。寂しいな。

    夕日/身体が弱くて寝ていることが多かった小さい頃。夕日に染まる窓を見ながら「また何もしないで終わっちゃった」と。今でも夕日を見ると少し胸がぎゅっとする。

  • 黒い大きな犬/おじさんの家で飼っていたクロちゃん。立ち上がると父の肩に前足がかかるくらいで、化物か!と思いました。いつもビクビクしながら前を通っていました。

    人混み/母が張り切って買い物に連れていってくれても、人に酔ってしまい、なんでもいいよ状態に。買い物好きの母はつまらなさそうにしてました。ちなみに今でも苦手です。

  • ポテトサラダ/マヨネーズの酸味とモサモサした食感が嫌いでした。給食でポテトサラダが出る時はいつも憂鬱だったなぁ…。
    体育の鉄棒の授業/鉄棒が大嫌いでした。錆がつくし手が臭くなるし…。そのため、クラスで私だけ、最後まで逆上がりが出来ませんでした。
    ゲームの話題/ゲームを子どもにさせたくない、という考えの両親だったので、ゲームをほぼ買ってもらったことがありませんでした。なので、友達同士でゲームの話題で盛り上がっても、話についていけなかったなぁ…。

  • ・2人組になって/3人で仲がいい時はどうしたものか。友達のどちらかが悲しい雰囲気になるなら、自分が抜ければいいや。と、自ら外れがちに。仲良い人同士〜二人組〜は周りの様子に振り回されて疲れるので、苦手でした。
    ・連帯責任/集会で集まって学年で怒られること。帰りの会で今日こんなことがありました。と全体注意された時のあの雰囲気が苦手。みんなのおしゃべりが止まるまでに○分かかりました。も苦手でした。
    ・ゴーヤ/沖縄の祖母が作ってくれるゴーヤチャンプル。苦いけど、残すことができずご飯を食べて飲み込んでいた。大人になったらあの苦味がやみつき!

  • 留守番/寂しがりやで怖がりだった幼少期。1人で家で留守番していると、怖くて不安で仕方がなかった。シーンと静まり返った家の空気が苦手でした。母が帰ってくるのを、何度も玄関から外を眺めて確認していたっけ。
    そんな時間を、母である今は最も欲しているのに…。今日もあーうるさい。みんなどこかへ遊びに行ってくれ〜。1人にさせてくれ〜。留守番したい今日この頃。人生って不思議。

  • 体育、特に鉄棒と跳び箱/2月生まれで体が小さかったのもあり(言い訳)、全般的に苦手。鉄棒も跳び箱も自分の腕力が信じられないのでまわりたくないし飛びたくないし、跳び箱の上で前転なんて意味がわからない!!落ちたら怪我すると大嫌いでした。

  • 平和学習/毎年8月6日に体育館に資料が展示され、それを見に行くのが本当に嫌だった。怖くて怖くて、うつむいて歩いてたのを覚えている。平和が大切なのは分かってるから、こんな怖いもの見せないでくれって思ったもの。今となっては、大切さはもちろんわかるけど。子どもに対しての教え方は、もっと変えた方がいいと思う。今、見直されてるみたいだけど。
    家庭学習/勉強は嫌いじゃないんだけれど、宿題など家でするのがどうにも苦手で。塾に通わせてもらえなかったので通信教育をやってみたけど、あんまりやらなかったような気がするな。

  • ソフト麺/福岡しかないのかな?給食で唯一苦手で、半分お友達にあげても残り半分を食べるのが辛かった。食べられず、給食の時間が終わっても一人残って食べてたのも苦手な気持ちを倍増させていた。皆大好きでおかわりしてたのが不思議だった。
    夏休みの登校日/長崎に原爆が投下された日、本当はみんなの住んでいる北九州に投下される予定だった。その日は天気が悪く北九州から長崎に変更された。もしも北九州だったら、この場にいない人がいたかもしれない。そんな話を毎年聞いて、ビデオや写真、必ず何かを見て学習した。大事な話だけど、怖くて苦手だった。

  • 大人からの質問 学校楽しい?友だちできた?お決まり文句のように聞かれる。楽しくないけど、友だちは、、そう答えられずにうそを言わなきゃいけない苦手な質問でした。

    蛾 止まったときの模様と粉を落としてる感じがとても苦手、、字をみるだけで震えがきそう。ゴキブリの方がよっぽどかわいいと思ってる私。男子三人に囲まれて、いろんな虫を手で捕まえられるようになった私でも、未だにコヤツには逃げ回る。

  • 学校が苦手だった小学校入学後すぐ。
    学校と家が近すぎたこともあり、遅刻ギリギリで学校へ。
    学校に行こうとすると吐き気がして、胃液を吐きながら、泣きながら登校したこともある。
    わたしの心配性のルーツはここで、
    だからこそ楽天家の今のわたしがいるのかもしれない。

  • 犬/今でも得意ではないが登下校中に出くわす繋がれていない犬には何度泣かされたことか。我が家の飼い犬でさえ、チェーンが外れていた時は大号泣して隣家に助けを求めたほど。

  • もう遅いかもしれませんが。

    ○はっきり喋ることが苦手でした、
    なので、名前を聞き間違えられても訂正できず、全く違う名前に返事していました。

    ○うどん
    今は好きですが、子どもの頃は、たいして味もしないのにお腹がいっぱいになることが嫌でした。
    反抗的態度として、1本ずつ食べてまして、
    でも今はそのおかげで、うどんの麺の数を数えながら食べられるようになりました。
    同じ理由で、豆腐やじゃがいもも苦手でした。

    ○注射
    これは今でも苦手です。
    小学生のころは、友達と逃げたり、
    問診票にわざと印鑑を押さずに行って、拒否していました。
    どちらも結局は接種しましたが。
    あまりの恐怖に気を失った過去あり。

  • 水泳/ 子どもの頃家族で出掛けた海で足がとどかなく泳げないのに父は面白がって泳がそうとしたり手を離そうとしてそこから海が恐くなり今も泳げません そんなことも今は父との思い出になってしまいました 泳げないのは父のせいだ‼️‼️‼️‼️‼️もっと言えば良かった(笑)

  • 努力すること、頑張ることが苦手でした。
    小さい頃から器用な方で、足も速くて、頭もそこそこよくて、一回見ればだいたい出来る、自信家の鼻持ちならないなんかイヤなタイプでした(笑)
    でもやっぱり、上には上がいるし、勉強も家でしないとしてる子にはどんどん抜かれて行くし、努力には叶わないってのを身をもって感じてました。
    父にも「毎日毎日休まず続けることは本当に大変なこと」と、ずーっと聞かされて育ちましたが、そう言われるのも大嫌いでした(笑)
    コツコツ繰り返しの出来る才能が欲しいと思っていたけど、気付けば娘がそんな子で。
    コツコツ繰り返しが出来る、素晴らしい才能を持ってる娘をただひたすらすごいなぁーと将来楽しみに思う日々です♪

  • グループ作り
    学校での行事や授業の中で、「何人グループを作りましょう」というシーンが苦手でした。あぶれたり、文句を言われたりした思い出があります。先生からの「入れてあげて」などのフォローもみじめに感じたなぁ。

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    ABOUTこの記事をかいた人

    編集部 青柳 真美

    お母さん大学事務局兼お母さん業界新聞本部編集部。お母さん業界新聞編集チーフ。一般社団法人みそまる普及委員会代表。みそソムリエ。宅地建物取引士。仕事は、お母さんを笑顔にすることと、味噌を伝えること。具体的には、編集・企画・営業・イベント…。家族と仕事以外に、私の人生に欠かせないもの…車/映画/本/旅/食後のコーヒー。息子1人(28歳)。