お母さん大学は、“孤育て”をなくし、お母さんの笑顔をつなげています

宿題Ⅱ「母であること、働くこと」母の本音~不安、焦り、嘆き、叫び

お母さん大学生とみんなでつくる「お母さん業界新聞」。
2月号・3月号は、「母であること、働くこと」特集を予定し、情報(投稿)を募集します。

この春、仕事を始める人、職場復帰する人も少なくないと思いますが、
すでに働いている人はもちろん、休職中、離職中の人にとっても、
「仕事」と「家庭」の両立は大きなテーマだと思います。

働く理由は、人それぞれ。
経済的なこと、自身の成長のため、やりたい仕事…。
いずれにしても、
子どもを育てるだけでも大変なのに、
仕事がプラスされれば当然、悩みや不安も出てきます。

いや反対に、それによって、いいバランスがとれている人もいますね。
…にしても、
両立を続けていくうえでの悩みや課題は多かれ少なかれあるはずです。

忙しい毎日に心も体力も消耗中の人、ワンオペに限界を感じている人、
子どもにかわいそうな思いをさせているのでは、と後ろめたい人、
職場の人間関係や中途半端な働き方にストレスを感じている人…

育休制度の充実など働く環境もよくなっているとはいえ、
まだまだ職場の理解が得られず、退職を決断する人など、いろいろでしょう。

どこかに我慢やストレスを感じながらの子育てや仕事は、
子どもにとっても、お母さんにとってもよいことではありませんね。

そこでお母さん業界新聞は、2号にわたり、「母であること、働くこと」を特集。
パート1(2月号)では、「働く母親の悩み」を取り上げ、
パート2(3月号)では、「お悩み解決」に向けて考えていけたらと思います。

タイトルどおり、
子育てしながら働くお母さんの本音が知りたいです。
不安、焦り、嘆き、叫び…
悩みや困り事、グチやストレス…を書いてください。

具体的な心理状況や、エピソード歓迎。
差し支えなければ、フルタイム、パートタイムの有無も。

今は休職、離職中の人も、
これから仕事を始めたいと考えていれば、その思いや不安などを。

皆さんのホンネをお待ちしています。

※3月号は、2月号にまとめた皆さんの悩みや状況について、
どう解決できるか、みんなで考える特集にしたいと思います。

【回答方法】

★書き方は自由。長めでも短めでもOK。200~600字程度でお願いします。

★キホン本名発信ですが、差し障りのある場合はご相談ください。
表記を考えます。

★回答は、この記事の
・コメント欄に記入
・投稿記事にし、このコメント欄に投稿記事をリンクする
・直メールで、info@30ans.com へ。
いずれかの方法でお願いします。

その場合は
(1)お母さんの名前
(2)ケータイ(日中連絡がとれる番号、アドレス)を記し、
タイトルは「働くお母さんの本音/名前」でお願いします。

★回答(宿題参加)いただいたものは、
「お母さん業界新聞2月号」(2/1発行)に掲載させていただくことがあります。
お母さん大学生以外の方も回答(宿題参加)いただけます。
掲載紙を郵送しますので、名前、〒住所、ケータイ番号、アドレスを書いて送ってください。

★締め切りは、1月16日(日)

では、どうぞよろしくお願いします!

★お父さんに聞きました「子どもの頃なりたかった職業」も募集中!
お父さん投稿お待ちしています。
https://www.okaasan.net/oshirase/homework/80147/

37件のコメント

私はまず保育園時は色々聞いてもらえて良かったけど小学校上がって学童も3年生までだから何処かで1人で留守番させるか等悩みました。
なかなか家の掃除が出来なくて申し訳ないと思ってたら子供達はなんも気にならないらしい。
職場で子育て支援ってうたってても理解のない職場が多かった。今の職場は別にです。。

後小4の壁です。学童は3年までなので何処で1人で留守番されるかを悩みます、後友達の家に行きたいと言われた時にどう伝えたらいいか。今は携帯と便利なのがあるので現在地確認が、できるのが助かります。うちは子供会があるので悪い事してたりすると繋がりで連絡が来るのが助かります。職場にどれだけ子育てに関して病気の時は理解があるかです

ワンオペでしてると家事はままならないさし、病気の時の寂しいさや子供のグズグズにイライラ。病児保育が近くにあっても時間内までに迎えに行かないといけないから預けたとしても遅刻&早退をしないと行けないし、保育料とは別料金なら仕事休んで見た方が楽と思う。
うちは洗濯物たたみはパパの仕事なのでカゴの、中から着たい洋服をとる様式。
後時々手抜き料理、カップラーメン、ホットモット、袋麺など1週間に1回はてねきしてます

他の子供たちよりも長い時間、保育園に滞在すること、早くお迎えがきて、先に嬉しそうに母や父と帰宅するお友達を沢山見送って、少なくなったお友達と暗くなった園庭を眺めながら、私のお迎えを待つ子供たちの気持ち。
学校から帰っても誰もいない部屋で、テレビやゲームの画面を見つめて過ごす四、五時間。お腹が空いても、暖かいおやつや飲み物はなくて、パンや冷蔵庫のものを食べる。
そんな寂しい気持ちをたまに漏らす子供たち。
だけど、母や父が毎日働いてるから、好きなものが買ってもらえる。わかっているけど、やっぱり寂しい。
毎日、保育園の三男は「パパ?今日は早お迎え出来る?」と聞いてくる。
週明けは、小学生の長男は「ママ?今週家でお仕事する日ある?」と、聞いてくる。
デイサービスを利用している次男は「僕だけいつも家に帰れなくて、毎日きついよ。ママが家にいたらお休みできるの?」と、訴える。
私もフルタイムでたまに残業もある。夫も早出残業の多い。夫婦共々、物流関係。出張も年に数回ある。
寂しい気持ちをどうやって埋めてあげることが出来るのか。
母や父がどうやって働くことを見える化して子供たちに伝えることが出来るのか。母が母ではなく父が父ではない役割を持って生きる姿を、伝えられるのか。
親として、社会人の先輩として、子供たちに愛情や生きる力を伝える方法を悩みながら手探りで探しています。

夫はなかなか休めないとは分かっていても、子どもの体調不良も、幼稚園行事も、仕事を休むのは自分だけだった時に爆発したことがあります。

普段から育児に協力的な夫ですが、
娘が前の晩に発熱していても、特に声をかけられず普通に出勤することが続いた時には、
職場に欠勤を伝える申し訳なさと虚しさでいっぱいでした。
そして娘が登園しぶりする時期には
「なんでお母さんおしごとなの?今日は幼稚園休みたいのに」と泣きつかれ、
毎日ヘトヘトで必死なのに、働くことがまるで悪いことかのような気持ちになったりしました。
しかも世の中のフタをちょっと開けてみたら、そこでも子どもの体調不良で仕事を休むのは
お母さんばかり。
社会に出ているのは同じなのに、すごく不公平に思えて、つい夫に長々と話しました。
でも、話せて気付いたのは、何かあってから協力するのではなく、日ごろからひとまず夫婦で分け合うこと。
責める気持ちになる前に、頼りたい。でもそれをどうやったらうまく言えるのか…。
働いたことで、互いが負っていることを夫婦間で明確にできる気もしています。

ちょうど育児家事と仕事でもういっぱいいっぱいで、何かを削らないと心身共にダウンしてしまう…と思っていた頃です。お母さん大学の投稿も下書きで終わってしまうばかりで、お母さん大学辞めようか…とも正直迷っていました。
時短勤務をすると、仕事が終わらない、更に私をカバーしようと他の人が異常に残業してしまう。そして子どもはお友達と遊んで帰るため結局帰宅時間は遅くなる。毎日時短を取って保育園帰りにお友達が来るのを待つのがストレスで、時短勤務をやめました。フルタイムになると、仕事も保育園からの帰宅もストレスはなくなりました。
ただ、今度は仕事が更に忙しくなり残業もしてしまうと、子ども達との時間が本当に少なくなってしまう。
夫の繁忙期が始まり、夜はワンオペ。朝もなかなか起きて来ない。昨晩から下の子が「ママーママー」と不安がって泣くように。保育園で過ごす時間が増えて寂しいと言っている。
仕事も頑張りたいけど、子どもが一番、家族が一番。夫の繁忙期はあと3ヶ月、どう乗り切るべきか。

思いついたままの投稿になりましたー。

菅野さん、お疲れ様です。批判されるかもしれないけど、子どものお母さんの変わりはいないけど、仕事の変わりは誰でもできます。子どもがママ~ママ~っていうなら、子どもファーストでいいと思いますよ。

長女が中学生になるまで、フルタイムで働いていた。
子どもたちが保育園の時代は、子どもたちの時間を管理できる時代は、まだよかった。
仕事は話のできる同僚や先輩がいたし、仕事の付き合いといえば堂々と夫に預けて飲みにも行けた。やりがいもあり、子育てしながら働けている気持ちになっていた。
子どもが小学生になった途端、学童、習い事、塾、スケジュールだけで捌くのが必死。すっかり忘れて家庭訪問をすっぽかしたこともある。ある程度学年があがり、本人に任せていると、頭を打った、自転車で転んだ、と怪我の連絡が地域のお母さんから入る。どれだけ周りの人に助けられたことだろうか。
小学生時代に、連絡先の交換できる状況があってよかった。
母が働くということは、まわりのみんなと結託して子育てをすること。地域に子どもを放つこと。管理できる間に、仲間をつくれてよかったなと思っている。

私は、核家族で母親が専業主婦だったので、いろんな大人との関わりをあまり経験していません。が、うちの3姉妹は、赤ちゃんの頃から、園通いをしているので、いろんな大人に大事にされ抱っこされてきました。そのおかげで、自分がされた親切を、今度は自分の周りに配れるとても優しい子に育ったと思います。

2021年4月から時短ではなくフルタイム勤務に戻りました。通勤に1時間半かかるため、朝7時半に出て、夜7時半に帰宅する毎日を送っています。フルタイムに戻った時、私はもう12個も年を取っていたのです。体力的にも精神的にもクタクタです。とはいえ、逃げられないのです。主人は自由業で収入が不安定なので、私がある程度働かないといけないと思い日々気張っています。本当の私の理想の働き方は、時間に拘束されず、自分の仕事が終わったら、家に帰れるスタイルです。でもそんなこと今の職場では絶対にかないっこありません。だから、理想の働き方は考えないようにしています。何も考えず、目の前のことに追われ、こなしている方が楽なこともあるわけです。心と体が壊れないように、家のこと・子どものこと・仕事のこと・自分の生き方のこと等、それぞれに何とか折り合いをつけて生きているからか、笑っているのに泣いているようで、怒っているのに笑っている。私は、そんなピカソの絵みたいな、チグハグな顔になっています。ここまでして働かなくちゃいけないのか?とも少し思いますが、家族みんな機嫌よくニコニコして過ごしていてくれると、本当にうれしいです。よし、私も仕事で長時間拘束されることに耐えようと思えます。そんな皮肉も言いたくなるけど、幸せのど真ん中に今いることも理解しています。
最後に、折り合いはつけてるものの、時々本当にしんどくなります。それを聞いてくれて、こうやって発信できる場にとても救われました。ありがとうございました。

○家のこと

概ね家事のことだけど、私は知らない。朝から、家族みんなの朝ごはん作って、洗濯して、掃除して、玄関はわいて会社に行ってるサラリーマンを。
見たことも聞いたこともない。
私の知ってるサラリーマンは、朝起きて、テーブルに座って新聞読んでたら朝ごはんが目の前に出てきて、それ食べて、あ、時間になったからじゃあ行ってくると席を立つサラリーマンだ。もちろん食器はテーブルの上に置いたままさ(笑)それなのに、私は、朝ごはん用意して、みんなが食べたら食器洗ってるんだぞ。充分だ(笑)私は家のことよくやってるわ♫(笑)(^_^;)てへ。

もちろん!家の中はキレイが良い。
疲れて帰ってきて、家の中が汚いとさらに疲れる。

けど、リビングからゲラゲラ楽しそうな家族の声がしたら、もうそれでマルだ。オッケーオッケー百点だ。

ま、でも、ちょっと靴ぐらいは並べとこう。と、靴を並べる私は、うん!家のことできてるできてる(笑)

そんなこんなで、アマアマのハードルにして、乗り切ってます。

自分の備忘録兼ねて、【折り合い】を整理

○仕事のこと
時代の恩恵も受け、職場は、子育てしながら非常に働きやすい環境になりました。産前産後休暇、出産祝い、育児休暇、時短勤務、残業免除、子どもの看病休暇等など、何の嫌味を言われることなく最大限に活用してきました。むしろ「子育て頑張ってね!」という雰囲気の中、私は職場の人たちに助けてもらって、この12年間、職を失わず子育てできました。そのお礼を今度はしていかなきゃバチが当たる。粛々と、淡々としっかり働いて会社に恩返しするんだ!そして、子育てしながら実際働き出した世代の社員として、未来のお母さんたちのために、もっとよりよい職場にもしていきたいと思い「ハハハの会」を作りました。→母が、ハハハと笑える職場に!という思いと、母がは?と思う会社の変なことを改善する!という思いがこめられています。母として働くスタッフ達で、それぞれの仕事の合間に提案書をまとめています。
突然ですが、うちの主人は天才です(笑)大きな夢もあります。うちは、そんな主人を応援するし、主人の夢を一緒にみると決めて結婚してしまったし、主人が運転する船に乗っかってしまったわけです(笑)今は主人の収入が安定せず、先行き不安なため私は働いています。仕事でクタクタにくたびれて、心が疲弊してしまうと、自分で人の夢に乗っかっているくせに、主人のせいで私は仕事を辞められないと、ダサいことを言ってしまうことがあり、反省でござる。。。

【洗濯物問題】
冬は特に、洗濯物、みんなどうしてるんだろう。
私、朝にお洗濯したいのですが、とにかく出がけが大変な子どもたちなので(起きない、行きたくない日はそんな不穏な空気と戦う、その日に提出するプリントを行ってきますの直前に渡される、などなど)、自分の支度と合わせていると、そんな時間がない。
だから帰ってきてから洗濯をするしかない。
まさか仕事に遅刻は絶対出来ない。(今日お天気いいから洗濯干してて…なんて言ってみたいですが)

とにかく量が多すぎるから、時々脱衣場に洋服が溢れていることも…
浴室乾燥機はついているのですが、みんながお風呂に入ってから使おうとすると真夜中ですし、そんなにパキッと乾かない。
洗濯機の乾燥機はイマイチ調子が悪いし時間もかかる。
前の日のが乾いていないから、濡れたままの洗濯物をとりあえず畳んで(シワにならないようにして)一旦置いておいたり、
部屋のカーテンレールにかけたり、
しまいには床暖で乾かすことも。

私の洗濯物との永遠の戦いをみながら平気でバスタオルをガンガン使ったり、学校の後に塾のために着替えたフード付きのトレーナーとかも2時間しか着ていないのに洗濯機にポイ。

え?くだらないでしょうか?
でも、仕事で嫌な人から何か言われても、いろいろ失敗しても、うまくいかなくても、
とりあえずは一旦お茶して乗り越えようと思えるけど、
洗濯物は待ってくれない。
いかに洗濯物を捌くのか。
洗濯を制するものは母を制する。

洗濯問題私も悩んでましたー!

結論としては、
・良い洗濯乾燥機に買い替えて入れる量を減らして絶対に乾くようにする。
・家族それぞれに籠を用意して、それぞれが自分のものを必要な時に洗濯する。
・タオルは専用BOXを用意して、乾いたら畳まずにぶっこんでそこから使う。
・靴下、下着などは、畳まない。仕切りのある収納BOXを用意して、そこに突っ込んでいく。

特にシワになっても見えないものは畳むことを諦めて、箱にポイポイ入れるだけにしたら一気に楽になりましたw
少しかさばりますが、選別して2/3くらいに量を減らしました。今のところ支障ないです。

洗濯問題!わが家も大変ですが、夜と朝に洗濯機を回しています。知人の新居に案内された時に、目から鱗の洗面室を目の当たりにしました。共働きの家庭、洗濯物を干すのは物干し竿ではなく、衣類収納棚、棚の中に乾燥機が内蔵され、干したときに乾燥され、収納も同時にされると言うもつわものでした。わが家もそれを見て、洗面所兼脱衣所兼部屋干しスペースとして、5畳半の洗面所をつくりました。天候に左右されず夜干し可能、朝には乾くし、わざわざ洗濯物を外に移動させたりする必要もなく、ストレスフリーになりました。あとは、洗濯物は夫の仕事だったのですが、たまに寝坊して籠の中がもりもりの状態の時も・・私ももちろん時間ありませんし、スルーしていたら、洗濯籠に洗濯物が山積みだったからと、長男が自主的に洗濯する奇跡が起きています!!

すんごく分かりますよー。

10年間、里山がきれいに見えるベランダを死守してきましたが、いよいよ洗濯物を干すためだけの鉄パイプをはわし、まるで工事現場のようになっちまいました。

それでも、洗濯物は減るどころか増える一方!

仕方がないので、現在、洗濯物カゴを5個にしています。

□パパのカゴ→週に一回まとめて洗濯

□ママのカゴ→溜まったら洗濯

□下着のカゴ→もし下着が足りなくなったら、家族でパンツを借り合いっこ(笑)

□タオル→溜まったら洗濯

□どうしても早く洗濯して欲しいもの→ここから、さらに私の鼻センサーで、まだオッケーと判断されたものは、別棚へ移動される

【ルーティンがうまくいくと】
金曜の夜、ママが洗濯回して干す

土曜の朝、子どもたちが片付けて、もう一度パパが洗濯回すして、それを夕方、子どもたちが片付けて、ラスト土曜の夜、ママが洗濯回す。

日曜日の朝、ママが片付けて、もう一度ママが洗濯回して夕方ママが片付けて、夜ママがラスト洗濯して干す

月曜日の朝、ママが片付けて、もう一度ママが洗濯回して夕方ママが片付けて、夜ママがラスト洗濯して干す

火曜の朝〜金曜の夜までは、放置。

もしくは、パパができる時に洗濯してる。

うまくいくとねー、これでなんとかなるんだけど、火曜〜金曜までの洗濯の山が目障りで仕方ない(笑)でも、さばけなーい

あえて専業主婦の立場として書きたいと思います。

結婚後も働いていましたが、夫の転勤に伴い退職。
引っ越した先で仕事を探そうとした矢先に妊娠がわかり、再就職を断念、
それから10年、ずっと専業主婦です。

育休とかではなく、完全に仕事を辞めてしまったため、
子どもを抱えての再就職の難しさを痛感しています。

夫の職場は遠方(片道1時間半)のため、子どもに何かあった時にすぐ帰ってこられない、
とりあえず夫の収入だけでも生活はできる、
だったら無理に私が働かなくても・・・ということで、結局ずっと専業主婦生活をしています。

家事に育児、PTA、お母さん大学の活動、趣味や買い物の時間、など、
なんだかんだ毎日忙しく過ごしていますが、
やはりふと、なんとも言えない虚しさというか、劣等感を抱いてしまうのも事実です。

時間だけはあるから、
子どもたちときちんと向き合えることもできるし、
帰ってくる時間には家にいてあげられるし、
子どもが休みたいといえば休ませてあげられるし、
だから、私の虚しさなんて、働くお母さんたちから見たら取るに足らない悩みなのかもしれません。

しかし、私だって、自立したくて、頑張って勉強して大学まで出て、就職して、
それなりに稼いで、自分の力で生きていた時期もあった。

それが今は、夫の収入を頼りに生きている。

時々それを夫にボヤくと、
「夫婦の役割分担だよ。今は俺が稼いで、君は家を守る」
と言われます。

贅沢な悩みなのかもしれません。
だけど、時々、虚しくなります。
10代20代の間に培ってきたスキルや、あの頑張りは、なんだったんだろう、と。

一人の人間として社会から認めて欲しい、という気持ちが、常に頭をもたげます。

働くお母さんが多くなった今の世の中にあって、
それ前提で世の中の話題が進むことが多く、
そうでない自分は、蚊帳の外に追いやられたような、そんな感覚にも陥ります。

配偶者控除の議論もそうです。
稼いでない主婦の分を、なぜ稼いでる人たちで賄わないといけないのか、という声を聞くと、
私が毎日やっている家事や育児は、そんなに価値がないものなのか?と悲しくなります。
お金を生み出さない労働は労働ではないのか?
夫の稼ぎは、夫だけの働きによるものではない。
夫が仕事に集中できるのは、私が家を守っているからなのに。

・・・けど、稼ぐ仕事をしながら家を守っているお母さんもたくさんいる。
そうなるとやはり、私の価値はどこにあるんだろう。

禅問答のような問いを、頭の中で繰り返しながら、
毎日生きています。

皆さんのコメント読んで、追記したくなったので書きます。

なんだかんだ言っても、
私は育児と仕事の両立は難しいタイプだと思うので、
逆に、働かなくてもいい生活を与えてくれる夫には感謝だし、
今はそれに甘えて、
今しかできないこと・・・子どもとゆっくり過ごしたり、PTAや子ども会の仕事を引き受けたり、
お母さん大学の活動を地域でやったり、
していこうと思っています。

そう思えるようになったのは、お母さん大学のおかげ。

ふと虚しさが頭をよぎっても、
子どもたちの笑顔を見ると、今はこの子たちの近くにいたいと思うし、
この子たちの些細な変化に気づける余裕を持っていたいと思います。

でもやはり虚しさは消えることは無い・・・
自分のキャパの小ささが悲しいです。

1月から時短勤務です。
帰ったら、仕事の片付けしたら横になりたいけらいぐったりしています。
すぐに、娘の迎え、お昼寝させて。息子が帰宅したら、宿題みたり明日の準備のお世話。
お風呂、夕御飯、寝かせるまであっというまです。

4月から、勤務時間が増えますが、体と心がもつか、心配。
疲れてくるとイライラ。子どもに厳しくなってしまう。優しいお母さんていたいです。

私がフルタイムで働く今の理由と意気込みはこれです。
●二馬力でないと子ども達の学費のこともあり、生活が成り立たないので、健康に留意して定年までしっかり務められるように頑張ります!!

私には仕事をやめようとは思ったことはありません。仕事も育児も家事もあり、自分の中で完璧な職員、完璧なお母さん、完璧な主婦の3役なんて到底こなせないことの言い訳としてそれぞれを使ってバランスをとっていたからだと思います。

子どもが増えていったこともあり、保育園に預けながら産前産後、そして育休と5人分しっかりとりました。制度的には恵まれた職場にいたことは幸いでした。
でも、育休中に人事課に異動発令がでた時には、さすがにやめろってことかと思ったりしましたが、一時的に代そこのポストに置くような人事もありました。その際出産後の挨拶をしに子どもを連れて行ったとき人事課の人に「よくそんなにポンポン妊娠できるよね。ここ数年まともに仕事もしていないよね。」と言われたことは今でも忘れません。ものすごくショックでした。

仕事と家庭との両立に奮闘していた時、異動した先の上司に、主任は子どものを置いて仕事に来てるのに、どうして係長はやらないのかと言われたことがありました。インフルエンザに罹った子どもに対する家庭での対応だと思うのですが、熱が下がったら中学生にもなるんだから置いて出てこいと言っているようでした。私は、何かあったら困るのでと言って休みましたが、比べられたことがとても嫌でした。病児保育については、一度も預けたことはありません。病気の子を預けてまでやらなきゃいけない仕事なんてないと自身の考えからです。人それぞれなのでいいとか悪いと言っているわけでなく自分はそれを絶対にしないと決めていただけです。

子どもに手がかからなくなると、共働きの家庭は特に子どもに目を掛けなければいけない時期となります。長男の時には特に、何かを見落とすんじゃないかと思春期の長男を前に、素行を必死に確認した時期もありました。

早期退職した方がいました。今はパート勤めで旦那さんの扶養に入っているそうで、103万の壁を超えないように仕事のセーブもしているそうです。人生設計がちゃんと数字的の上でできていました。仕事を辞める理由は子どもとの時間を大切にしたいということ。小学生に上がる子とちゃんと向き合えるように、小学校から帰ってくる時間には家に居て迎えてあげられるようにということでした。
後悔はないと言っていました。今を大切に生きることをしっかり先まで見据えて選択できたことは素晴らしいと思います。

働き続けることは、将来の老後のための貯えにもなると私は思っています。でも今しかない時間を、お金で買えない時間を手に入れることを選択することも人それぞれと納得しています。

あと、いつもいつも思っていたこと。夫とは同期生なのでなんでも対等でいたいと思っています。でも私の方が育児も家事も負担していると思っています。そして、過去を振り返ると、子どもの保育園の送迎も私の役目でした。私だって、時間を気にせず仕事したいと思ったこと山ほどあります。夫は時間を気にせず仕事が出来てズルいと内心ずっと思っていました。でも時短勤務をしているので仕方がないとも思ってもいました。末っ子が生まれ、夫が1カ月育休を取り、夫の子どもへの関りが目に見えて違うことを知りました。末っ子に関することは率先して仕事を休んででもやるようになりました。乳児の時の関りが重要だと知りました。

PARTⅡ(最初の投稿も字数を守れていません、長くなりすみません)

長男の育休中はいつもこう思っていました。

「今日も何もできなかった」。

とても手がかかる子だったので、とにかく抱っこ抱っこ抱っこの嵐。家事なんてタイミングよくやれっこない。夕方になっても、洗濯物さえ畳めてなかったし、夕飯も作れてなくて、時間だけが過ぎているように思え、それが苦痛で苦痛で仕方なかった。当時の私は何の生産性もない毎日が無性に嫌で、ただ時間を無駄遣いしていると思っていたのです。今ならこう言えるかな、何もやってなくないよ、子どもとのかけがえのない時間を過ごしているじゃない!って。

そして、保育園が子どもを育ててくれたと思って感謝しかないです。平日は、家に居る時間より保育園で過ごす時間の方が遥かに長く。今なら、なんてもったいないことをしたの?子どもと密に過ごせる一生のうちの限られた時間がどんだけ貴重だったと思う?ってね。

一番の重労働な仕事は専業主婦だと思っています。完璧にこなそうと思ったら大汗かくし、24時間休みがないからです。育休時は毎日家に居るのだから家事をしっかりこなすべき(こなせるでしょ)と思っていて、その思いに縛られていたので、早く復職したいと常に思っていました。ちゃんとできない人は単に怠慢だからだと思っていたので。復職後は、苦痛は無くなりました。仕事をしている時間は、給料が発生するからです。おまけに自分の行動を制限されることはなく、出勤している時間内は自分のペースで(普段は子どものペース)動けることで、すごく開放感はありました。(それでも、子どものことを気にしたり、時短時は仕事の区切りに四苦八苦して気だけ焦り、空回り)終業後から保育園へ、お迎えからは怒涛のような時間を過ごしていました。なので、家事を多少手抜きしても、仕事しているから仕方ないよねと常に言い訳を用意しておけたことは楽でした。

親も兄弟も親戚も近くにいない。
頼みの夫は仕事が忙しい。
子どもが生まれてから1日中2人っきり。
夜泣きが酷くて、日中のリズムが崩れる日々。
どんな1日だった?そう聞かれると、何もしてない…。
わが子は可愛いのに、1人ぼっちの気分。
大変な時も、1人ぼっち。
長期出張に夫が出ると何日も人と会話をせず終える。
私が倒れたら、誰が気づいてくれるのかな…
この子を守ってあげられるんだろうか。
社会から離れた世界にいて、親子でこのままでいいのかな。
誰かと一緒に子育てがしたい。
この地で親子で頼れる場所を探さなきゃ!
そう思いたって、お母さんになって新たな土地で仕事を始めて5年。
呼び出しや、子どもや自分の体調不良が続き、そのたびにすみません…と遅刻、早退、お休みさせてくださいの電話。
朝は行きたくない!とイヤイヤ期の息子に向き合う時間もほとんどなく、大泣きするわが子を抱えて登園。
公園行きたいなー!と言われても、冬の帰りはもう暗い。
帰宅後冷え切った洗濯物を急いで取り込み、抱っこしながらご飯作り、畳み掛けるようにお風呂に寝かしつけ。
今日泣き顔ばかり見てたな、ろくに話せてなかったな、、
これやりたい!あれやりたい!とリクエストを言う息子たちに、もうお風呂の時間だから!もう寝る時間だから!と断る。
なんなら、明日の支度して!薬は飲んだの?トイレに行ったの?今やろうよ!と言う始末。

4月から長男は小学生。
小一の壁にぶつかり、頼れる場所は作っておきたくて学童は希望することに。悩みに悩み、働き方は考えようと仕事をセーブすることに。
人生は一度きりだから、お母さんとしての今も大事にしたいけど、一社会人としての自分も大事にしたい。
そこまで思うのにはわたしの理想があるから。

働くことって楽しいよ!
大人って楽しいよ!
お母さんの人生楽しいんだ!
そう子どもたちに伝えていきたい。
子どもたちが将来を楽しみに思える存在でいたい。
実際は、ワンオペに子どもたちのイヤイヤに、根を上げてばかりなんですが。。

同じでしたね。何もしてない・・・きっと社会から置き去りにされてる気がしていたと思います。夫の帰りを今か今かと待ちわびて(今では考えられない(笑))たまに、待てずに子供を抱っこして家の前で待っていたことも。帰ってきたら、堰を切ったように話す、夫相手に。誰とも話すこともなく、私も頼れる親族は近くにいなかったこともあり、何かあっても頼れる人はいなかった。夫しかいなかった。小さな箱の中に子どもと二人、取り残されたような気がして、とにかく、この子が早く大きくならないかなと思って過ごしていたと思います。

結婚してすぐ妊娠がわかり専業主婦になりました。
2018年の6月に知り合いに声をかけてもらい、「仕事」を始めました。
週に1度、6時間勤務と、家で必要な時にだけ簡単な書類作成。
ものすごくドキドキしたし、働けることが楽しかったし、上司的な存在の方も職場もとても良かったのですが、たった週に1度決まった時間に勤務するだけなのに朝は地獄のようでした。
当時年少の娘を急がせて、自分の準備もして、遅れられないからとカナキリ声を出していました。
私のキャパでは、そして子どもが小さいうちは働かなくていいと考えている夫のもとでは、どこかへ通う仕事は厳しいと痛感。
だから、2人目を妊娠する前から家で働く方法を模索し始めました。
妊娠中から出産後にかけて起業の勉強。
2人育てが始まった中で自力で仕事を作っていくのはそう甘くない。
2021年にやっと毎月お小遣い程度は働けるようになり、今年もまだまだ試行錯誤中。
私はお母さんに向いてない。仕事もバリバリできるキャパではない。しょっちゅう心身疲れています。
そして葛藤しながら、今年こそ良いバランスで働けるようになるぞ!と、まずは書く仕事に絞ってやってるところです。

働くお母さんのための投稿…ということだったので、私に書けることは何も無いと思っていましたが、つぶやきでもどんなことでも良いとのことだったので、あえて書かせていただきたいと思います。

今は子どもたちが4歳と2歳、まだまだ小さいので、専業主婦生活をしています。
長男出産前は、病院勤務の看護師をしていました。出産を期に育休生活へ入っていました。コロナ禍で大量退職が出たことによる人手不足、そして自分自身が感染した場合、子どもたちのお世話は一体誰が担うのだろうか…などのことを考えたら、復職できる自信が無く、思い切ってしばらく専業主婦でいることに。
専業主婦生活に不満は無いのですが、今後子どもたちの成長とともに経済的な負担が大きくなってくるはずです。そうなった時、子どもたちが幼く保育園にも助けてもらえる時代に働かない選択をしたことを後悔するだろうか…。そう考えると、ふと眠れない時もあります。

私は正社員として働いた経験がありません。
契約社員や派遣社員を経て、結婚。
出産後、子どもが一歳になるまでは一緒に居たいと思い、一歳になった翌年4月から保育園へ。
たまたま姉が起業したてだったのでその手伝いをしました。いろいろあって、三男妊娠のタイミングで転職。派遣社員やパートで働いて今に至る感じです。

私は、専業主婦は向いていないと思っていて、仕事はしたいと思いつつも、子どもとの時間も大切にしたいと思っていました。自分、中途半端だなと思っていたときに出会ったのがお母さん大学でした。
働くとか働かないとか関係ないんだ、って。自分の選択もまた間違いじゃないんだ、って自信が持てました。

働いてて一番苦しかったのが、次男が保育園に行きたくないと言ったときと長男の登校しぶりが始まったときかな。子どもの気持ちを優先したい。でも仕事を休んだり、遅刻早退すると言うことがすごく気を使う。
先の見えない状況で、辞めようと思ったこともあったけど、続けさせてもらえたことに今は感謝しています。
フルタイム勤務する人もかっこいいけど、今私はとてもフレキシブルな働き方をしてると思います。こんな働き方もありなんだなと自信が持てるようになりました。

父を亡くしたあと、実家を手伝うためにも結婚を機に仕事を辞めました。
そのまま働くこともできたし、一旦退職しても登録して仕事につなげる、という手も
ありましたが、9年間の仕事にまったく未練がなく、登録もせず。
今、育休のお話を聞いていると、それだけ続けたいと思える仕事や資格を持っている人たちを
うらやましいとも思うし、他にももしかしたら向いている仕事があるかもしれないのに、と
勝手に心配する気持ちがあります。

公立幼稚園だったので、フルで働いている人はほぼなく
(たまにおばあちゃんがお迎えきてるところはあった)
パート・アルバイトでも、拘束時間が長い人はPTAを断り(申し訳なく声もかけれず)
私のような時間に自由がきく人、内職仕事の人に偏ってました。
(内職をいくつも抱える人もいます。急かされるときは徹夜なんて当たり前、
それでも、外から見ると余裕があるように見えるかもしれません)
PTAは大変なこともありましたが、子どもが園や学校で家族には見せない
友だちの前で見せる様子を知れたり、園や学校の事情も少し知れたり、と
得したこともありました。
PTA行事で子どもたちと直にふれることもあり、子どもたちの持ち物や
ふとした仕草から、寂しいのかな、お母さん忙しくて忘れてるのかな、弟妹のこと
大事にしてるんだな、お母さんのこと大好きなんだな、とか、
いろいろ見えてしまうこともあり
お母さんに今の表情見せてあげたい、なんて思ったことも。

保育士や看護師の資格を持っていても、フルで働くのを拒むのか、我慢するのか
その人によりますが、もったいないと思ったこともあります。
待遇や、今から勉強しなおさないといけない、覚悟もいる、など
簡単に踏み切れないことが多いんでしょうね。
資格を必要とせず、すぐ入れる仕事に就いていくのは、地域で生きていく術だし
実際、多くのお母さんが地域で働いてくれるので、私たちの生活がまわっているんだとも思います。

遅くなりすみません。

大学卒業後3年ほど働きましたが、月曜に家を出て金曜に家に帰るような営業スタイルで、主人も同じ働き方だったので、どちらかは家にいないと子育てが出来ないと思い退職しました。有休消化中に妊娠し、そのまま今も専業主婦をしています。私自身は父が農家・母がパート勤務で、家か畑に人がいるという環境で育ったので、自分が退職して家事育児をするということに抵抗はありませんでした。

これまでは祖父の家に住んでいたので、家賃がかからず、主人の収入で問題なく生活しています。
むしろ幼稚園に行くまでの3年間に、子どもとの関係を築いたり、家事レベルをアップさせることが後々の生活を支えるのではと思っています。例えば、家事を子どもの前でしてお手伝いをお願いすることで、私が働いた時でも、自分のことは自分できるようになるのではと思っています。収入を増やすだけでなく、生活のサイズ感を小さくする(ケチるということではなく)ことも大切かなと思っています。
実際には「自分がやった方が早い」と子どもはそっちのけ、その割には洗濯物は干されっぱなし、食器はシンクに溜まったまま、あれれ?頑張ってるのは食事を手作りするくらいでしょうか。
でも仕事した方がいいのかな…と思うよりかは「今は未来への投資の時間!」と割り切ることで、子どもとじっくり過ごす時間がもてていると思います。
私の性格上、社会から孤立していると感じるよりもマイペースで過ごせることがあっていたのかもしれません。

ただこの先、新居を構える予定なので、経済状況が変わってきます。
通勤に時間をかけるのが嫌なので在宅で仕事をしたいと思っていますが、当てがある訳ではありません。もう少し猶予があるので、今年は働き方を考える年になるのかなと思っています。
ただ在宅で仕事をすると、生活と仕事の区別がきちんとつくのかなという不安はあります。
そもそも前職が畜産用医薬品の営業で、若さと性別(まだまだ女性の営業が珍しい業界です)で乗り切ったようなもので、何年もブランクがあって果たして仕事は見つかるのか?と思ったり…。

だったら自分で仕事を作るというのも一つの手かなと思っています。こちらも当てはありませんが。
どんな形であれ仕事をするということは相手がいる訳で、子どもの病気や用事などで急な予定変更のお願いをしないといけないというのは、想像しただけで申し訳なさやストレスを感じます。
皆さんのコメントから、すでに仕事と育児をされている方のリアルな声が知れて良かったと思っています。

・長女の育児休暇中に、福岡支社がなくなり転勤するか辞めるかという選択で、結局第一子出産後退職。
・長女1歳になったと同時にパートをスタート。会社も理解があり、何かあれば帰れる環境だったのですが、雑用的なお仕事ばかりで、やりがいを感じられず二人目の妊娠を期に退職。この頃、独身の同僚から「お母さんって普段なにしているんですか?暇ですよね?」的なことを言われショックを受ける。この頃からお母さん業界新聞が仕事になったらいいのにと常々思うように(笑)。
・二人目が1歳になった頃、7か月の仕事だからやってみないかと言われ、フルタイムでの仕事をスタート。長女の通う幼稚園は1歳半からしかあずかってもらえないので、半年間託児所に預けていましたが、この半年間が私の中で一番しんどかったなと今でも思います。
・車で30分、通勤ラッシュにかかってしまうと1時間強の職場、幼稚園と託児所、どっちを先にお迎えに行ったほうがスムーズか・・・お弁当を入れ忘れて幼稚園から電話が来たことも多々あるし、お迎えはいつもラスト。何をどうやって乗りきったのか覚えてませんが、唯一よかったなと思う記憶は、必死に夫とやりくりしたので、チームになれた感はあったなと思いました。
・長女4歳、長男1歳の時に10日間海外出張に行き、夫が育児ノイローゼに。帰宅後おかしい時期がずいぶん続き離婚も言われ…、私はとんでもないことをしてしまったと後悔、反省、家庭内は暗黒状態でした。ノイローゼが治ってからは、あの時に行ったからこそ育児の本当の大変さを夫にもわかってもらえたこと、あの時にしか行くことができなかったと行ってよかったなと思っています。
・結局、7か月の仕事が3年になり、第3子を妊娠。長男の一番かわいい時期をまったくもって記憶に残せなかった後悔から、もうこういう働き方はやめようと退職しました。
仕事のやりがいと子どもとの時間、この2つをいつも両天秤にかけながら、帰宅しながら、お母さんスイッチを入れては自分を奮い立たせていたこと、お給料は入っていましたが、外食やお惣菜が多くなり、今考えたらその分出て行くのも多かったように思います。

締め切りに間に合わず、思い切り過ぎてしまいましたが・・・
やっぱり登校しておきたくて書き残します。
わが家は夫が独立し、私が家計を支えるために嫌でも働きに出ないといけない状況でした。
仕事内容も別に自分がやりたい仕事ではなく、時間や給料などのやりがい以外の生活のための条件が揃った会社でフルタイムで働いていました。
長男だけの時は、まだ良かったのです。
保育園の送迎も、時間に余裕がある夫がしてくれていたし、私は家と会社の往復だけで良かったので。
大変だったのは、次男を妊娠してから。
もともとギリギリの人数しかいなかった職場。
2人体制の事務の仕事でしたが、もう1人の先輩の存在(日頃の言葉や仕事態度など)自体が私のストレスでもあり、妊娠自体も言い出しにくい職場環境でした。
なんとか上司に報告したものの、育休は保育園に預けることができる生後3ヶ月まで。
「それ以上は無理」と先輩にはっきりと言われてしまい、何も言えませんでした。
今思えば、その時に退職しておけば良かったのですが、夫の仕事がまだ不安定だったこともあり、辞めるわけにはいかないと思い込んで、その条件を飲むしかありませんでした。
保育園の先生たちからも「せめて時短勤務をお願いしてみたら?」と言われ、会社へ交渉。期間は忘れてしまいましたが、半年〜1歳までくらいは1時間くらい早く帰ることができるようになりました。
しかし、その間も本当に辛かった。
次男が発熱しても「子どもが体調を崩すことは元々予想できることなので、その対策をしておいてくれないと困る」と言われ、病児保育に登録し、心の中で何度も「ごめんね、ごめんね」と言いながら幼い次男を預ける日々。生後半年くらいは、保育園に通う日と、病児保育に通う日が半々くらいだったのでは?
午前中に保育園から発熱の電話が来たら、すぐさま病児保育へ電話&予約、昼休みに保育園へダッシュして病児保育へ駆け込み、車の中でコンビニのおにぎりを口に押し込んで職場へ戻り仕事。病児保育が閉まる直前に仕事を早退してこれまたダッシュ。お迎えに行った病児保育の先生に「お母さん、大丈夫よ。来年にはきっと強い子になるけん、今だけよ」と励まされて泣いたこともしばしば。
病児保育通いの日々が本当に辛かったけど、近所にすぐにお願いできる病児保育が奇跡的にあったおかげで仕事が続けられたので、そうではない家庭は一体どうやって働いているのか?本当に不思議です。
その後は、次男に障害があり手術や通院があることを理由に正社員からパートにしてもらい、少しだけ時間に余裕ができたことで、心にも余裕ができました。そして6年ほど働いた職場は、母の死をきっかけに辞めました。
それからは在宅ワークをしたり、コンビニでバイトをしたり、現在は障害福祉サービス事業所で非常勤スタッフとして働き続けています。
病気問題、洗濯問題、買い物問題、・・・などなど、途中でシングルになったのもあり、いまだに色々な問題は抱えたままですが、両立なんてちっとも出来ていないまま現在に至ります。
私の後悔は、次男が小さい時にあまり一緒にいられなかったこと。一番かわいくて仕方がない時期にじっくりと向き合う時間がなかったので、会社を辞めてからはなるべく一緒にいようと思っています。

皆様の書き込みを、ただひたすら共感しかない状態で読んでいました。
私もあれこれ書き出したらいっぱい出てきそうてすが、最近気づいたことだけ書きます。
以前は、時間に制約がなく働ける人を羨ましく思っていましたが、今は、家族が、私にとって必要なストッパーだと思っています。人生のバランスをとるよう、時々考え直すところに連れ戻してくれるのが、家族の存在です。
たぶん私は、仕事でも仕事でなくても、楽しくなるとどんどんのめりこんでしまうから、行き過ぎないように、身体を壊してまで走りすぎないように、家族が私のバランサーになってくれています。

会社員として働き産休育休をとり復帰する予定でしたが、社員が少ないため子どもの病気を理由に急に休んだり、時短で働くと他の社員に迷惑をかけるのが目に見えていました。夫が協力してくれるにしても、夫は給与のこととかを考えるとあくまでサポートの位置で結局メインで休んだりするのは私になる。子どもを保育園に入れて給与の半数は保育料に取られて子どもとの時間が減るのに、なんだかんだで肩身が狭くなっていづらくなって精神的に病みながら仕事をするくらいなら、子どものことに時間を使おうと思い退職しました。
それから、専業主婦では夫に申し訳ない気持ちから資格をとって子どもを保育園に預けず自分が子育てをしながら仕事ができる体制を理想とし、ひっそりと個人事業主として動いてきました。
ですが、なかなか子どもの成長に合わせて仕事をするという理想は、現実とかけ離れすぎてて…もがいて数年が経っています。もう、いっそのこと仕事もたたんで専業主婦でいようかとも思ったりしますが、それはそれで金銭面で夫に申し訳ないなとどこか気が引けてしまいます。また、子どもの手が離れた時に自分が独身の時のころのようなリズムで社会に戻れるかさえもまた不安です。

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ABOUT US
編集部 青柳 真美お母さん大学本部
お母さん大学事務局兼お母さん業界新聞本部編集部。お母さん業界新聞編集チーフ。みそまるマスター。みそソムリエ。宅地建物取引士。仕事は、お母さんを笑顔にすることと、味噌を伝えること。具体的には、編集・企画・営業・イベント…。家族と仕事以外に、人生に欠かせないもの…車/映画/本/旅/甘いもの。息子(30歳)、孫2人。