バスの降車ボタンが壊れてしまった途端に「のすたるじっくバス」に。

日曜日、娘と映画を観た帰りに夕飯を調達してバスに乗った。
運良く空いていた後方の二人掛けに座る。

出発してすぐ、
「ボタンが壊れてしまってるから降りる時は声を掛けて下さい」というアナウンス。
運転手さんに届く声ってどのくらいだろ?なんて考えていたが、
ふと気がつくと周りの乗客も娘もなんだか様子が違うような。

乗客それぞれが周りを気にかけて、
バスの車内に一体感?連帯感?のようなものが見える。

娘も、途中から乗り込んできた人がルールを理解したかを気にかけ、
誰かが「次、降ります」と言えば、運転手さんの返事を確認して一緒に安堵してる。

なんだろう、なぜか懐かしい気持ちが湧いてきて、
私はすごくホクホクした気分になった。

スマホとにらめっこして一人の世界にいるような人も、
目を閉じて眠りに入る人も、
ぜったいに普段と何も変わっていないんだけれど、
少し不自由な状況が幼い頃の懐かしい空気感を思い出させる。

そろそろ私たちの降りるバス停。

娘と「言ってね」「え〜私が言うの?無理〜」なんてやってるうちに
一番前の乗客が何やら運転手さんに話しかけたような…。
「あの人言ったかな」「それっぽいけどわかんないね」。。。

私はもし止まらなかったら次の停留所まで行ってもいいと思い、
娘の観察を続けていると

彼女はヒソヒソと「降りまーす」と、
息を吐いてその時を待ち構えている。(意気地無しめ!)

結果、無事に最寄りの停留所にバスは止まり、私たちはバスを降りた。

(お母さん記者/沖山親江

 

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編集部 青柳 真美

お母さん大学事務局兼編集部。お母さん業界新聞副編集長。みそまる普及委員会代表。みそソムリエ。宅地建物取引主任者。仕事は、お母さんを笑顔にすることと、味噌を伝えること。具体的には、編集・企画・営業・イベント…。おっと、忘れちゃいけない大事な仕事が、藤本学長のツーヤクとカイゴ。家族と仕事以外に、私の人生に欠かせないもの…車/映画/本/旅/食後のコーヒー。息子1人(27歳)。